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王女の戯  作者: 澪亜
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放置

「……癒師よ、王を頼む」


「畏まりました、ソレイユ様」


フランシスの癒師に任せて、私は彼が座る椅子の正面にあった椅子に座る。


「……愉快か?」


唐突な問いに、頭が追いつかない。


「……何が?」


「イーデア王国の歓待に成功したことだ」


やっぱり、意味が分からなかった。


「……問いの意味が分かりませぬ。安堵こそすれ、愉快とは?」


「俺を出し抜いて良い気になっているのだろうと、聞いているんだ!」


「出し抜く?……貴方様が、妾に命令したのでは?」


フランシスが視線を外す。


「逆に聞きますが、妾に失敗して欲しくて命じたと?」


ピクリと肩が揺れた途端、彼は顔を上げた。

そして、怒りの色で塗りたくった目が私を射抜く。


「妾の心にあるのは、先にも申した通り安堵だけ。イーデアとの絆が壊れずに良かったと純粋に思っております」


ふう、と溜息を吐いた。


「妾が失敗していたら、どうなっていたか……当然、貴方様は考えていらしたのでは?」


再び、彼の視線が落ちた。


「別に……お前が失敗しようとも、お前が頭を下げれば済む話だろう」


「妾の頭一つで事足りるほど、価値のない同盟ではありませぬ」


言っていて、思わず笑みが溢れる。

背後に控えるデボラからは、不穏な空気が流れていた。


「フレールとイーデアは、共にヴェルナンツの隣国。常にヴェルナンツの影に怯えなければなりませぬ。故にこそ、イーデアはフレールの大切な同盟国であり、決して粗略には扱えぬ国」


「ふん……お前と言うヴェルナンツの王女がいればフレールはヴェルナンツに楔を打たれたも同じ」


「おや……妾がヴェルナンツの王女であると、貴方様はご存知でしたか」


「馬鹿にするな!」


「馬鹿にするな?いえいえ、真剣に話をしております。……ヴェルナンツの王女を貰い受けると約定を交わしておきながら、初対面で『其方を迎え入れるつもりはない』と。果たしてヴェルナンツをご存知ないのでは、と思っても仕方ないのでは」


「……お前を迎え入れたのは、家臣の独断によるものだ」


「王の婚姻は、国事。王が知らぬ存ぜぬは許されないのでは。……尤も、フレールではそれが当たり前のことなのかもしれませぬが」


自然と苦笑が浮かぶ。


「話を戻すが、今回のイーデア歓待が失敗すれば、当然害は妾にだけではなく、この国、ひいてはこの国に住む多くの者たちが害を被りましょう。そうなった時、妾が謝って済む問題ではありませぬ。尤も、ヴェルナンツの王女たる妾でもそうである以上、貴方様の頭でも足りるかどうか。……貴方様を出し抜いた?そんな小さなことよりも、国への害が抑えられたことへの安堵しかありませぬ」


「……無礼な」


何でその返答になるのか。

分からないけど、もう良いか。


この男と話すよりも、今は会場に戻る方が余程重要だろう。


「それでは、妾は先に戻らせて貰います」


部屋を出ると、サっとデボラが近づいて来た。


「……姫様以上に価値のあるものなんて、ないですよ」


さっきの不機嫌な雰囲気は、それかぁと思わず笑う。


「嬉しい言葉ではあるが、過分よ」


「いやいや……姫様の価値を、姫様ご自身が貶めないで下さい。私たちが、どんな思いで見ていると?」


「……すまぬ」


「私こそ、申し訳ありません。言い過ぎました。……にしてもあの男、姫様のことを楔だと思っていたんですね。まさかそこまで考えているとは、思っていませんでした」


「いやいや、流石に誰だとて勘繰るであろう」


「えー……勘繰った上で、初対面であの発言だったんですか?全然、ヴェルナンツとの国力の差を理解していなかったじゃないですか。それに、少し調べれば姫様が楔にならないと分かりそうなものなのに」


「まあ、それは確かに」


モルドレッド伯爵がヴェルナンツでの私の境遇を把握していることを踏まえれば、フランシスだとてその情報を得ることはできた筈だ。


そして同時に、ヴェルナンツ王妃は私を厄介払いで送り込み、そのまま捨て置くつもりであったことも。


それらの情報を得て考えれば、私が楔になることなどないと分かりそうなものなのに。


……何故、彼はそんな中途半端な状況分析しかできていなかったのか。


それは恐らく、興味がなかった、それに尽きると思う。

本気で勘繰るのであれば、その裏付けを行うために、貪欲に情報を得ようとしていた筈だから。


「それにしても、あの男は……」


「はて?」


「王であるからと踏ん反り返っているだけならば、あっという間に弱小国は潰れるだろうって。姫様が警告されていたじゃないですか。あれ、ちゃんと理解したんですかね?とても理解したとは思えないんですけど」


「ま、そうであろうな」


「……尤も、私はヴェルナンツと同じくらい、この国のことなどどうでも良いと思っていますけどね」


「あの王妃がいるヴェルナンツよりかは、この国の者たちは優しいではないか」


「それは単に、あの男が甘ちゃんなだけですよ。ヴェルナンツのあの女は、徹底していましたから。あの陰湿さと執念深さは空恐ろしいものがありましたよ」


デボラの言葉に、自然と笑みが溢れた。


「でも……あの男に対して、あれだけで良かったんですか?もっと言ってやっても良かったと思うんですけど」


「……構わぬ。暴走されても困るし、そもそも理解しようとしない者に言うだけ無駄であろう?」


何故か、デボラは楽しそうに笑った。


「そう言うことですかー。姫様は厳しいですね」


「そうかえ?」


「そうですよ。あの男が気づかない間に、どんどん手足をもいで行っているじゃないですか。今回の交流会のお陰で姫様は、ラザールを筆頭に据え宮中の要所を抑えた。ユリウス王弟を通じてイーデア王国と親交を持った。オマケに、今回の交流会の裏側で、貴族の三分の一は抑えた。このままだとあの男、足場を固めることすらできずに終わっちゃいますよ?」


「妾が来る前に頑張っていれば良かっただけのことであろう?……ま、今回初めて、あの男に礼を言いたいと思ったぞ。仕事を投げ出してくれたお陰で、妾は居場所を確保することができた……とな」


「ぷ……ふふふ、そう言った時のあの男の反応が、容易に想像できますね」


デボラはスキップしそうな勢いで、楽しそうに歩いていた。


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