◆夜会
姫様とユリウス王弟が密会をした翌日。
今日は、イーデア王国からの訪問者を歓迎する意を込めた夜会が開催される。
勿論、フレール王国の主だった貴族たちも参加する予定だ。
レリアが夜会に向けた最終準備で、右に左にと走り回っている。
一方主賓のユリウス王弟は午前中ゆっくりした後、午後はラザールの案内で宮中を回っていた。
私は夜会が始まる少し前に、会場に紛れ込んだ。
会場の飾り付けは、昨日の神秘的なそれから打って変わって、全体的に豪華。
煌びやかで、けれども調和が取れていて、決して品がないようには映らない……と、思う。
いかんせん、私は自分の審美眼に自信がある訳ではないので、これを王侯貴族がどう感じるかは分からない。
とは言え、徐々に集まった貴族たちからは特段負の感情は感じられない。
むしろ、出席者たちの話題は主催者である姫様だ。
しかも、彼らの会話に込められた感情は嘲や侮りではなく、畏れ。
……リゼットの茶会に参加していた令嬢からの報告を、各家は真摯に受け止めたのか。
舐められるよりは良いかと放置していたが……ここまで効果があるとは。
そうこうしている内に、受付の者が声を張り上げ、イーデア王国の面々が到着したことを宣言した。
それから、ユリウス王弟を筆頭としたイーデア王国からの訪問者が会場に入る。
次にフランシスとリゼットが王族専用の入り口から入って来た。
更にその後、同じ入り口から姫様が入る。
……これじゃ序列としては姫様が一番上ということを宣言しているようなものではないか。
こういった場では、明確に時間が区分されている訳ではないものの、通常は身分が下の者から会場に入り上の者が後から入る……らしい。
ちなみに国賓はそのルールとは別で、貴族がほぼ入室した後、開催時間ギリギリに入室するのが慣例とのこと。
その為、ユリウス王弟とその他イーデア王国からの訪問者が同時に会場に入ったという訳だ。
入室した姫様は、美しい所作で歩を進める。
……姫様の直前に入室したフランシスとリゼットの二人は、完全に姫様の力に呑み込まれていた。
「……イーデア王国の方々よ。此度もようこそ、フレール王国へ。細やかながら、歓迎の為の宴を用意させて頂いた。両国の益々の発展と友好を祈っている」
姫様の簡単な挨拶が終わると、楽団員たちが緩やかに音を奏で始める。
それが合図となって、皆が自由に動き出した。
……改めて思ったけど、完全に一番立場が上にいるのは姫様だ。
私がそう感じたぐらいだから、多分、この場にいる皆がそう思っただろう。
何故、あの男は姫様に主催者を任せたのだろうか。
益々、自分の立場を弱くしているようにしか見えないのだけど。
そんな忌々しげに姫様を見るよりも、絶好の機会を与えた過去の自分を恨むべきだと真剣に思う。
音楽が変わり、あの男とリゼットがホールの中心に立つ。ダンスの為にある場所だ。
あの男が、勝ち誇ったかのような顔で姫様の方を向いた。
そういえば、一番にダンスを踊るのはその場で最も上位の者……だっけ。
一々姫様に突っかかる辺り、本当は姫様のことが好きなのかとあの男の態度に溜息を吐いてしまう。
残念ながら、あの男は姫様の眼中にない。
既にユリウス王弟が姫様の側近くに行き、挨拶をしていたからだ。
若い男女はあの男とリゼットのダンスを見ていたけれども、目端の効く者は、ユリウス王弟の行動にこそ注意を払っている。
それ故に視線は上座……姫様の座る位置にこそ集まっていた。
何故、ユリウス王弟と親しげに話しているのか。
どのようにして、彼らは交流を持つようになったのか。
どのような話をしているのだろうか。
視線を向ける彼らの内心は、そんなところだろう。
一曲目が終わった。
あの男とリゼットには拍手が送られる……が、余程姫様とユリウス王弟の会話が気になるのか、まばらな気がする。
ユリウス王弟との会話が終わったのか、彼は姫様の席から離れて行った。
その代わりに、ラガルド伯爵が姫様の元へと挨拶に向かう。
そしてその後ろには、順番待ちをするかのように幾人もの人たちが並んでいた。
中には、イベール子爵を筆頭に、リゼットの茶会に出席した娘の親たちもいる。
姫様は、一組ずつ丁寧に応えていた。
ガシャン……っ!
その和やかな空気に水を差すかのように、何かが壊れる音がする。
発生源に目を向ければ、あの男がグラスを割っていた。
シン……と、居た堪れない空気が場に重くのしかかる。
「まあ……フランシス王よ。怪我はありませぬか?」
姫様が率先して、あの男に問いかけた。
答えがないのを見越してか、男の返答を待たずに続けて口を開く。
「先のダンスでも少々腕の動きがおかしかった故、早急に癒師に見てもらいましょうぞ」
腕の調子が悪くてグラスを落としてしまった、という設定か。
説明ついでにちゃっかりと姫様は、報復と言わんばかりに先ほどのダンスを貶している。
それに気がついて、つい吹き出しそうになった。
周囲を見渡せば、数名同じような表情筋の動きが何名か。
普通自国の王の健康なんて口にする人は、利敵行為で罰せられてもおかしくないけど。
……今回の件は、この場のフォローのためと誰もが分かっている。
だからこそ、誰も何も言わない。
というよりも、言えない。
例え姫様の意図に意趣返しが含まれようとも、そもそもの失態は明らかにあの男にあり、騒げば騒ぐほど、逆に王の権威に傷をつけることになるからだ。
「さ、行きましょうぞ」
姫様が、あの男の手を取って動き出した。
あの男は抵抗しているようなのだけれども、姫様の力に押し負けているようだ。
とは言え、男の抵抗が弱々しいのか、それとも姫様が力を加減してそう見せているのかは分からないけれども、注意して見なければ極々自然に歩いているように見える。
「私が共に参ります」
リゼットが、声をあげた。
「モルドレッド伯爵家の令嬢よ。王家の治療に、其方は立ち入ることは許されぬ。……故に申し訳ないが、妾が戻るまでの間、この場を暫し取り持ってくれぬか?フランシス王と共に入場された才女である其方であれば、容易かろう」
スッと、近くの衛兵がリゼットの動きを牽制して止める。
そうして動けなくなったリゼットに残し、二人は室内から去って行った。
去り際に、姫様は瞬時にラガルド伯爵に視線を向ける。
ラガルド伯爵は心当たと言わんばかりに頷いていた。
もしもイーデア王国の使節団が到着した初日にこのような事態が起こっていれば、確実にイーデア王国に不審感と不快感を覚えていただろう。
王によるアクシデント、それから主催者の退出等々印象は頗る悪くなることばかりだ。
けれども、既に姫様はユリウス王弟を取り込んでいる。信頼関係と言ったら言い過ぎかもしれないが、少なくとも協力関係にあった方が良いと思わせることには成功していた。
……初日にあの男とリゼットを隔離の上、晩餐会を開催しておいて良かったと心の底から思う。
ヴェルナンツという大国の影に怯えるイーデア王国側の人間にとって、ヴェルナンツに影響力を有しつつもヴェルナンツと線を引く姫様の価値は計り知れないほど高い。
故にこそ、彼らは姫様に対する友好的な態度を崩さないのだ。勿論、例えこの場でアクシデントがあろうが、それで揺らぐこともない。
現に姫様がユリウス王弟に視線を向けた際、互いに頷き合って微笑んでいたのだから。
……それにしても、リゼットも災難だ。
姫様がこの場を離れている間だけとは言え、主催者の役回りを姫様から託されたのだから。
尤も、因果応報で彼女に同情の余地はないが。
……あれ、姫様に主催者を押し付けたのは、あの男だったか。
まあ、どちらでも良いか。
それに、姫様が受けた無茶振りに比べれば優しい状況だ。
何せラガルド伯爵のバックアップがある上、そもそも姫様とユリウス王弟は協力関係。
つまりコケたところで、彼女一人の印象は悪くなるが、国への影響は軽微と言っても問題ないだろう。
……その後、会場の様子は気になったけれども、姫様をお一人にする訳にもいかないと姫様の後を追った。




