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王女の戯  作者: 澪亜
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◆密談

「急な誘いにも関わらず、快諾頂き感謝申し上げる」


「いえいえ、私としても渡りに船でした。……それにしても、よくぞ知っていましたね。我が国では、お酒を飲んで語らい合う前に甘い飲み物が提供されていた為、それが転じて、晩餐会の終わりに甘い飲み物が提供されるということは会は終わっていない、続きがあると示すということを。我が国でも殆ど忘れられた風習なのですが……」


ほほほ、と姫様が笑った。


「……謀と秘密の暴露は密室でと申すが、今後の為にも、もう少し貴殿とは本音で話したいと思ったのじゃ」


「同感です。先に正直に申し上げると、今後我が国がどう動くべきなのか……それが見えません。貴女様がどう考えられているのか、まずはお聞かせ頂けますか?」


「今後どう動くべき、か。……貴殿の言う通り、足元が覚束ないにも関わらず寵姫に溺れる王、それから妾という不確定要素。危なっかしくて、近寄れませぬなぁ」


ほほほ、と姫様が再び笑った。


「妾はこの国に来て、衝撃を受けましたぞ。何せ開口一番、嫁いで来たヴェルナンツ王国の王女に向かってフレール王国の王自身が結婚せぬと言ったのだから」


その情報は既に把握していたらしく、ユリウス王弟は苦笑を浮かべる。

情報統制は敷いていないから、その情報が出回ることは想定の範囲内だったけど……。

他国の王族にすら愚かな王として認定されているのかと思うと、笑えて来る。


「……だが、ヴェルナンツは動きませぬ」


「そこが不思議でした」


「妾は前王妃の子。残念ながら、現王妃との関係は冷え切っております。この婚姻も、現王妃がヴェルナンツより妾を遠ざけたいが為に動いたことが発端にある。故に妾がどれ程侮辱を受けようとも、ヴェルナンツが動くことはないかと」


「……フレール王国は、それを見越して?」


そんな暴挙に出たのですか、という言葉が後に続くのだろう。

流石にユリウス王弟もその言葉は飲み込んでいたが。


「まさか。単に恋に溺れただけ」


スッパリと姫様は切り捨てた。


「妾は、不退転の覚悟で嫁いで来た。ヴェルナンツに愛着がないと言えば嘘になるが……愛せなくさせたのは、我が家族。故に帰れぬし、帰るつもりもない。帰ったところで、王族に我が居場所はない。……貴殿も、妾とヴェルナンツは別物と考えることをお勧め致す」


そう言った姫様の瞳は、暗かった。

その色に気づいていたらしいユリウス王弟は、若干動揺している。


「……まあ、そうは言っても、存外この生活は楽しい。婚姻せずに捨て置かれている現状は普通であれば屈辱であろうが、妾としては逆に自由で心地良く感じるぐらいよ」


少し重かった空気は姫様の言葉によって幾分か和らいだ。


「……さて、ヴェルナンツがフレールを掌中に収めようとしている、という貴殿の疑惑は晴れたかな?」


明るい声で言った言葉は、爆弾そのもの。

随分と思い切って言ったもんだなと、苦笑してしまう。


「では……貴女様は何故、掌中に収めんと動いているのですか?」


それに対して、ユリウス王弟は随分と言葉を選び、直接的なそれは避けたようだ。


「……はて?」


「貴女様が嫁いでから、随分と働いている方々の顔ぶれが変わったと聞いていますが?」


「ふふっ……これでも随分と手を緩めているが。何せ、貴族の顔ぶれは変わっていませんぞ?」


ユリウス王弟の表情が、引き攣った。


「妾としても、仕方なく動いていると理解頂きたい。……何せ、恋に首ったけの男がな、妾にこの交友会を取り仕切れと」


「……は?」


その反応、分かるなぁ……と、自然と頷いてしまう。

ユリウス王弟ですら仮面を維持できないほどの暴挙をしでかすとは、逆にあの男は凄いのか。


「驚くであろう? 未だフレール王国に籍のない妾にだぞ。貴殿ならば、調べればすぐに分かるだろうが……その理由は、恋人に泣かれて意趣返しをしたいというもの。流石になぁ、保たぬと思ったわ。この国がコケるのは、妾の望まぬところだというのに」


「……急に、貴女様に親しみが湧いてきましたよ、ええ」


「ふふふ、それは何とも嬉しいこと。……妾としても、ヴェルナンツの王族から離れ、自由を享受する為には、この国の存続が必要。故に、交流会にかこつけて、妾は少しだけ手を入れたまで」


「……ふふふ、ははは……っ!もし貴女様の仰る通りであれば、私たちはとても仲良しになれるかもしれないですね」


「ふふふ……で、あろう?」


二人の間で駆け引きもなく、純粋に感情から笑いがあったのだろう。


「二つ、面白いことをお伝えしよう」


「聞きましょう」


「一つ、そう遠くない内にヴェルナンツのコランタンは失脚するぞ」


「コランタン侯爵が!? 当主が宰相の地位を預かる、あの家が一体何故?」


「息子がやらかした。横領とそれを埋める為に禁止薬物売買に手を出していた。……無論、ヴェルナンツとて宮中は一枚岩ではない故……」


「敵対派閥に証拠を掴まれましたか」


「そういうことよ。……息子の不始末で、あの男が失脚とは切ないがな。あの男自身は才がある上、情も深い男なのだが……ま、本人は仕事ばかりで家庭に手が回らず、奥方が随分と甘やかしたことが要因であろうな」


「コランタン侯爵の後釜は?」


「恐らく王妃の一族の者が就くことであろうよ」


「伯爵位の方ですか……家格は劣るようですが、王妃の一族であれば権勢は補って余るものがあるでしょう。貴女様から見て、実力の程は?」


「期待するだけ、無駄であろう。王妃一族は勢いはあるが、貴族社会を掌握している訳ではない。あの魑魅魍魎の中で意見を纏め上げることなど、とてもとても……。当主が才溢れるものであればまだしも、欲深いだけの凡庸でつまらぬ男。ま、徐々に不協和音が鳴り響くであろうな」


「……なるほど。噂によると、コランタン侯爵を補佐する優れた者がいる、と聞いたことがありますが?」


ユリウス王弟の問いに、姫様は目を見開く。

私も、一瞬息が止まった。


「貴殿の目と耳は、素晴らしいの。……その情報、ヴェルナンツの王族ですら把握していないぞ。尤も、貴殿の言う男は王妃一族の地位を脅かすような家格の出身ではない故、興味すら湧いていなかったかもしれんが」


心を落ち着ける為か、ふう……と、姫様は溜息を吐きつつ言った。


「ちなみに今日、貴殿はその男に会っていますぞ?」


「……。もしかして、ラザール殿ですか?」


「ご明察。ラザールの他、宮中で政務に携わっている腕ききは、今回の交流会を機に妾がこの国に呼び寄せている」


「……益々、ヴェルナンツが混乱しそうですね」


「ふふふ、むしろ良いことではありませぬか。貴殿にとっても、妾にとっても」


ユリウス王弟は苦笑していた。


「後任の者は足場固めの為に国内を優先し、貴国とフレール王国を放置するか、あるいは足場固めの一環として共通の敵を作る為に、より威圧してくるか……」


「パフォーマンスで威圧するのであれば、大義名分が必要な筈でしょう。でなければ、ヴェルナンツ王国内で足元を掬われるでしょうから」


「貴殿の仰る通りであろう。努努、お気をつけなされ」


「御忠告、感謝します」


「もう一つの話は、魔石関連。貴国は確か、ヴェルナンツから赤石を輸入していたと思うが……」


「はい。仰る通りです」


「今後、ヴェルナンツより大量に赤石を売ろうと持ちかけられるであろう。ですが、お気をつけなされ」


「貴女様なら既にご存知でしょうが、我が国では魔石が産出されません。ヴェルナンツ側は個数制限をしていたので、追加で売却してくれるのであれば嬉しいことですが……何か、裏があるのですね」


「その通り。ヴェルナンツでは、新たに青石というものを発見した。その青石の方が赤石よりも魔力を溜める力が大きく、それ故に既にある赤石を売り払ってしまおうと考えているようなのだが……」


「今後赤石は市場価格が落ちることが予想されるため、交渉の場でヴェルナンツが提示する価格で買うな……ということですか?」


「否、全て買わない方が良いと思うぞ、という忠告よ。買うのであれば、ヴェルナンツと事を構えることを覚悟して購入した方が良いと思うぞ」


「……どういうことです?」


「青石は、確かに赤石よりも魔力を溜める容量が大きい故、利便性が高いように思えるかもしれませぬが……赤石よりも、扱いが難しい。今の研究者たちであれば問題なかろうが、今後は頓挫し赤石の需要が回復するであろうな」


「……まさかと思いますが、研究者たちを抱き込まれましたか?」


「まさか」


クスクス、と姫様は笑った。


「そもそも貸し出していたものを、返して貰うだけよ」


今日、何度目だろうか。

再びユリウス王弟の表情が引き攣った。


「……私には、分かりません。何故、ヴェルナンツは貴女様を手放したのか」


「目障りなのであろう……特に王妃にとっては」


「本当に、勿体無いことですね」


「妾にとってそれは、最高の褒め言葉。誠にありがたい」


「とんでもございません。こちらこそ、有益な情報をありがとうございます。……今後も是非、貴女様とは良き関係でありたいと思います」


「ふふふ、そう思って頂けたのであれば何より。勿論、妾の願いも貴殿と同じである」


「それは良かったです」


こうして、姫様とユリウス王弟の密会は終わった。場の雰囲気は和やかであっても、内容が内容だけに、常に緊張を強いられていたことは言うまでもない。


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