◆歓迎
その日、城内は緊張感に包まれていた。
それも当然だ。もうすぐイーデア王国のユリウス第二王子が到着するのだから。
レリアは最終確認で、場内を駆け回っているようだ。
ラザールは部下の人たちに囲まれている。
レリアと同様、最後まで慌ただしく動き回っているようだ。
チラリと、ラザールと目が合った。
丁度彼の周りを囲んでいた面々が捌けて、彼が近付いて来た。
「……君も今日は城内にいるのか」
流石にデボラ、とは声をかけてこない。
ラザールは政治という表舞台に足をかけているけれども、私が立つのは情報収集という裏舞台。
その為、複数の目と耳がある中で、通り名を大々的に呼ぶことを避けてくれたようだ。
「お疲れ様です、ラザール様。……それは、当然のことかと。私にとっても重要なイベントですので、他の仕事は全て同僚に任せています」
私も普段だったら決して使わないような口調で、彼の言葉に応える。
情報収集を生業としている私としては、イーデア王国の上層部に近づける今回のイベントを逃す手はない。
故に、各地の調査は金烏のメンバーに任せている。
「へぇ……ご苦労さま」
正確に伝わったらしく、ラザールはニコリと笑うとそのまま離れて行った。
それから数刻後、フランシスと姫様が現れた。
フランシスは出迎えすら面倒と思っているのか、不貞腐れたような表情だ。
横にいるリゼットと話すときだけは、機嫌を直しているが。
……そもそも、リゼットをこの場に連れて来たことに呆れる。
彼女が愛人であることは周知の事実だが、明確な身分は伯爵令嬢という肩書だけ。
にも関わらず、国賓を迎えるこの場に自身の横に立たせるとは……あの男の常識を疑う。
尤も、あの男らしいといえばあの男らしいが。
不本意ながらあの男のことを考えている間に、イーデア王国の面々が到着した。
先頭を歩くのは、噂のユリウス王弟。
銀髪の髪と蒼玉の瞳が輝いて見える、麗しい男性。
「久しぶりだな、ユリウス宰相」
「お久しぶりです、フランシス王よ。今回は急な訪問にも関わらず、歓迎してくれてありがとうございます」
それ以降、言葉がない。
ユリウス王弟も、困惑したような表情を浮かべる。
……ああ、おかしい。
さして親しくもない間柄だというのに、その口調と声色はないだろう。
大方姫様が隣にいることが気にくわないのだろうが、ユリウス王弟からしてみれば、歓迎されていないと誤解が生じてしまう。
重い沈黙の中、姫様が口を開いた。
「お目にかかれて光栄じゃ、フランシス王弟よ。妾の名は、ソレイユ・ルナ・ヴェルナンツ。長い旅路であったと思うが、道中は問題なかったかや?」
一瞬、ユリウス王弟がホッとしたような表情を浮かべたのを見逃さない。
次いでヴェルナンツの名に反応したことも。
「お初にお目にかかります、ソレイユ様。ユリウス・イーデアと申します。以後、よろしくお願い致します。また、お気遣い頂きありがとうございます。確かに長い旅路ではありましたが、貴国のお気遣いもあり、快適でしたよ」
ユリウス王弟を迎えるにあたって、出迎えまでの準備も頑張ったもんな……と、思わず遠い目。
魔法による突貫での道路整備やら、強権使いまくっての街の整備。
更に途中彼が滞在する旅館の整備を、レリアが現地に行ってまで対応していた。
そもそもこの短期間で全ての街を回ることなんて普通は不可能だけど、私たちには古の魔法がある。
その魔法という力技で、なんとか旅程にある街道沿いの整備を終えたのだ。
とにかく今回は速度重視だったから国全体に行き渡っていないけど、いずれは全国規模で開発をしたいと姫様とラザールが言っていたっけ。
話が逸れたが、ユリウス王弟は明言していないものの、恐らく前回この国を訪問した時と街の様子が異なっていたということ、そしてそれが姫様の手によるものと気づいたからこその『気遣い』という発言だったのだろう。
「まあ……ほほほ、それは何よりじゃ。貴国とこの国の間では、この時期長雨となることが多い。故に道中無事かと心配しておりましたが、快適な旅路であったとのこと安堵しておりまする」
「ユリウス宰相よ、彼女の紹介がまだであったな。彼女はリゼット・モルドレッド。私の最愛にして、この国の妃となる女性だ」
見せかけだけであっても和やかだった雰囲気を、あの男がぶった切った。
「は、はは……それは、羨ましい」
最早ユリウス王弟も、困惑を通り越して呆れているだろう。
ユリウス王弟の後ろに控えている面々は顔色こそ変えていないものの、若干コメカミがピクリと動いていた。
「お目にかかれて光栄に存じます。リゼット・モルドレッドと申します」
「はじまして、ユリウス・イーデアと申します」
「……さて、ユリウス王弟、それからイーデア王国の方々よ。そうは言っても、長旅故に疲れていらっしゃるであろう。まずは、各々滞在用の部屋に案内させて頂きまする」
「それはありがたい」
姫様の言葉に、一も二もなくユリウス王弟は食いついた。
彼らのせいでこの国の印象は確実に悪くなったけど、彼らのおかげで姫様は楽に動けるようになったと思うと笑みが溢れそうになる。
「後ほど、ゆるりと話をさせて頂くことを楽しみにしておりますぞ」
「同意致します。それでは、一旦失礼致します」
イーデア王国の一行が下り、姫様もさっさと部屋を離れた。
残されたフランシスは、不満げな表情。
大方、除け者にされたとでも感じたのだろう。
姫様に全てを任せておいて、理不尽極まりない。
とはいえ、流石にこの場で不満をぶち撒けるほど分別がない訳ではなかったのか、舌打ちをしながら部屋を去って行った。
……さて、私も仕事仕事、と。




