面談
カミーユと話し合った翌日、私はフランシスに呼び出されて王宮に来ていた。
驚くことなかれ、王宮への訪問は今回で未だ二回目。
……そもそも、王に嫁ぐために来たというのに、王宮に『訪問』すること自体が変な話ではあるが。
私の父と産みの母だとて、冷え切った関係であっても同じ王宮に住んでいたというのに。
案内に通されて、フランシスの執務室に向かった。
……こんな姿だったか。
強烈的な初顔合わせだったので、彼の姿は勿論記憶に残っている。
けれども久しぶり過ぎる対面に、純粋にそんな感想が心の中に浮かんだ。
「……お久しゅう、フランシス王よ」
「お前の話は聞いている。随分と、傲慢な言動を繰り返しているようではないか」
不愉快そうに眉に皺を寄せていた。
必死に虚勢を張るその姿が面白くて、つい笑いが溢れる。
「これはおかしなことを。妾はヴェルナンツ王国の王女として、礼儀作法は一通り身につけておりまする。……つまり、ヴェルナンツ王国の礼儀作法が、なっていないと?」
「ここはフレール王国だ!ヴェルナンツ王国の礼儀作法なんて、通じないに決まっているだろう!?」
「まあ……百歩譲って、それは一理あるかもしれませぬ」
細かな部分が国ごとによって変わるのは往々にしてあること。
とは言え、それでもフランシスの言葉は主観的かつ過激過ぎるが。
「驕ったお前には丁度良いことに、イーデア王国との交流会がある。……そこまでヴェルナンツ王国の礼儀作法を誇るのであれば、他国にも見せつけてやれば良い。……尤も、彼方の国も、俺のように不愉快だと思うだろうけどな」
泣きつく方じゃなくて、失敗を願う方だったか……内心溜息を吐いた。
「イーデア王国は、フレール王国と深い友好関係にある国と伺っておりまする。それなのに、交流会を余所者の妾に任せると?……考え直した方が良いかと」
「ふん……怖気ついたのか?」
「本当の本当に、妾に任せると?」
「くどい」
一瞬、互いに睨むように視線を交わす。
ああ、ダメだ。
策を弄する最中に、そんな風に相手を馬鹿にするような視線を向けては。
「……承りました。妾が、対応しましょうぞ」
「はっ……精々、右往左往すると良い」
「だが、その前に妾に交流会を任せると一筆書いて貰えませぬか?」
「……は?」
「この件、この場限りの口約束になってはなりませぬ。……しかし、今のままでは、周りの者たちは誰も妾に交流会を任せたということは、知らぬし分かりませぬ。フランシス王が妾に任せたという書類があった方が、皆も分かり易い」
「だが……」
手元に持っていた紙に、契約の如く条文を書き連ねる。
そして最後に、片方の空欄に私がサインを書いてフランシスに渡した。
「妾の責任を明確化するため、フランシス王にも必要な措置であるかと」
「ふ、ふん……」
そのまま彼は書類に目を通さずにサインを書いた。
……ああ、ダメだ。
この人が市井に行ったら、その日の内に詐欺に遭ってスッカラカンになっていそう。
書類にサインと印を貰うと、そのまま離宮に戻った。
「……首尾はどうでした?」
自室に戻ってすぐのタイミングで訪ねてきたラザールが、開口一番そう問いかける。
「バッチリよ。ホレ、この通り書類にサインを貰っているぞ」
「……事前に考えていた条項そのままですが、あの男は全てを了承したと?」
「さあなぁ。見てもおらぬ故、知らぬのが正しいであろうな」
「せめて、持ち帰ると思っていたのですけど」
「持ち帰って部下に確認させる、と? ないない、あの男は妾に関わることすら不愉快らしいからな」
「好き嫌いで仕事が完結する……なんとも羨ましい身分で」
「妾もそう思うぞ。とはいえ、妾たちはそのおかげで助かっているが。……さて、其方には臨時不正調査官の任を与える。即刻、不正を行ったと思わしき者たちと面談して欲しい」
「……引導を渡せ、と?」
「うむ。これだけの証拠があれば、尋問も不要であろう。これらを突きつけ自白すれば良し、そうでなくとも解雇であるな。一通り面談した後、妾に解雇の承認を依頼してくれ」
「承知しました。……対応にあたり、二人ぐらい人材を貰っても?」
「勿論、即手配しよう。……話を戻すが、不正を行った者たちを解雇した後は、ヴェルナンツから来る皆に役職に着いてもらう。基本的には、去った者たちのポストにそのまま就いて貰うことを想定しているが、何か意見はあるか?」
「幾人かはフレール王国の人たちを昇格して貰います。その方が、反発も少ないでしょうし。ただ、その場合も要所要所には金烏を置きますが」
金烏は、私の協力者たちの総称だ。
呪いを解くために奔走した過程で知り合った人たちや、義母の命令で厄介ごとに首を突っ込む中で知り合った人たちが殆ど。
レリアやラザール、それからデボラも同じ。
義母に対抗する為に派閥を作りたい、という意図はなかったのだけど、いつの間にかこうなっていた。
……とは言え、一人でできることには限界はある。
単純に手が足りないということもあったし、知識や技能が不十分で、自分じゃどうしようもできないということも。
だから、皆の助けは本当にありがたかった。
「後ほど、昇格させる人材の経歴をまとめた物をくれぬか? それから、其方が考えている体制もな」
「承知しました」
「後は、物資の話か。……レリアよ。フェリクスは、明日の朝ここに来ることはできるか?」
「はい、可能です」
「では、離宮に来るよう伝えておいてくれ」
「承知しました」
レリアからラザールへと視線を戻す。
彼の表情を見て、苦笑いが浮かんだ。
……目をキラキラと輝かせ、本当に楽しそうだな、と。
「……あまり無理はするな」
「大丈夫です。最近は暇過ぎて、だらけていたぐらいですから、むしろ丁度良いんですよ。これから、思いっきり楽しませて頂きますね」
「そうか。では、少々待っておれ」
ラザールの任命書を書き上げる。
私の名の下に、彼を臨時不正調査官に任命すること、最終責任者に私の名前、それからそれら全ては、王より私に権限を委譲されているからこそということを形式ばった文言で書いた。
「それでは、ラザール。よろしく頼む」




