交渉
それから三日後、私は王女らしくめかし込んで部屋で待機していた。
そっと窓を覗き込む。
……良い天気。
今日の天気は、絶好のハンター日和なのに。
何が悲しくて、フランシスの尻拭いをしなければならないのか。
そんなことを考えたら、デボラより準備が完了したとの報せがレリア経由で入った。
そのまま転移魔法を展開し、デボラとカミーユが待つラガルド伯爵家の執務室に直接飛び込んだ。
「急な訪問を受け入れてくれたこと、感謝する」
向かい合うように座っていた二人の内、カミーユは私の顔を見るなり呆然としていた。
「……? あの、もしかして……ソフィーさん、ですか?」
「その通り。……まあ、それは世を忍ぶ仮の名で、妾の本来の名前はソレイユ・ルナ・ヴェルナンツ。ヴェルナンツ王国の王女にして、フレール王国の客人よ」
自己紹介をした途端、カミーユは立ち上がり跪いた。
「先にも言った通り、フレール王国での立場は単なる客人故、妾にそのような礼を取らずとも良いと思うが」
「貴女様は我が娘の恩人ですので」
「……それでは、話し難い。普通に座ってくれ」
「……では、失礼します」
カミーユは静かに頭を上げると、再び席に腰を下ろした。
「そのように恐れずとも、前に言った通り無理強いはせぬ。……むしろ、妾の方が戦々恐々じゃ。妾自身が気軽に動ける身の上ではないとは言え、其方を謀っていたことには変わりないからな」
「……私の態度が気に障るようであれば、申し訳ありません。ただ、心配なのです。……恩人であり尊き身の貴女様に対し無礼や粗相があってはならない、と」
そう言って、困ったような表情を浮かべる。
「それと……騙されたとは全く思っていません。むしろ、もしや……とは思っていました」
「ほう、それは何故に?」
「……勘、と言うのが正しいのでしょうか。私は伯爵家を預かる者として国内外の王族を含めた上位階級の方々と会う機会はあります。そのため、ソフィー様に初めてお会いした時、その強烈な存在感に少々違和感を感じていました」
「てっきり、妾のことを調べたのかと」
「貴女様が輿入れされる際には。……ですが、何も出てきませんでしたよ」
「そんなことなかろう。ヴェルナンツ王国王女の情報を狙う者は多いが大して隠してはおらぬ。少し苦労はするかもしれぬが、そこそこ得ることはできようぞ?」
「綺麗過ぎるのですよ。調べれば出てくるような情報が、適度にばら撒かれている……という感じでしょうか」
思わず、肩をすくめた。
「人間、苦労して得たものは無条件に信じるものだが……其方、随分と疑い深くないか?」
「娘の治療の過程で、何度か痛い目を見ましたので。疑り深くなっているのかもしれません」
「ほう……にしても、存在感か。……デボラよ。この前の茶会といい、妾は円滑な交流を苦手としているようじゃ」
「気にする必要はないですよ。だって、それが姫様ですから」
デボラの答えに、つい苦笑が浮かぶ。
そろそろ気を引き締める必要があるか。
「先日、宮中でリゼットが茶会を開いたことは?」
「小耳に挟みました」
「其方に届いた噂が、妾の悪口ではないことを祈るばかりだな。……それはさておき、リゼットは妾の言動全てが気に食わなかったらしい。茶会後、フランシスに泣きついたそうじゃ」
「ああ……」
申し訳なさそうに、カミーユが小さく頷いた。
「話は変わるが、イーデア王国が訪問に来ることを知っているかの?」
「ええ、勿論です。……ソレイユ様には申し上げ難いのですが、共にヴェルナンツ王国という強国に隣接する国です。古くから交流が活発でした」
「過去形か?」
「直近の我が国は、外に目が向けられぬ程騒々しい国でしたので」
「ああ、なるほど。短期間に王が代われば、忙しくもなるか。……だが、フレール王国にとって、イーデア王国は変わらず重要な国ということであろう?」
「ええ、仰る通りです」
「それならば、残念な話だが……リゼットの話を聞いたフランシスが、妾をどうも罰したいようでな。そのイーデア王国との交流に関わる諸々を、フランシスは妾に押し付けようとしているのじゃ」
「まさか……そんな……」
カミーユは、絶句。
それは、そうだろう。
自国の王が、そんなことを仕出かす筈がないと信じたい筈だ。
「まあ、まだ妾にその話は直接来ておらんが」
「……お受け、されるのでしょうか?」
「王の命令であればなぁ、致し方ないであろう」
「私の方から、止めるよう働きかけてみます」
「無駄じゃ、無駄」
「しかし……」
「其方が止めたところで、あの男は別に仕掛けてくるだけよ。それならばイーデア王国との交流を担う方が、妾にとっても利益があろう?」
「……仰る通りです」
「それで、な。妾がここに来たのは、其方に協力を願うためじゃ」
「勿論、協力させて頂きます」
カミーユの即答に、一瞬驚きで思考が停止した。
「……潔いの。まだ、具体的な話を何もしておらんと言うのに。それを聞いてからでも、遅くないぞ?」
そもそも、ソフィーとソレイユ・ルナ・ヴェルナンツが同一人物と明かした手前、ソフィー宛に娘を助けた対価を既に渡した、と言われる可能性も考えていたのに。
「娘を助けていただいた恩人に、やっと報いることができるのです。……それに、イーデア王国は我が国にとって重要な国なので、交流会は必ず成功させなければなりません。訳の分からない理由で友好国を粗略に扱おうとした王子よりも、貴女様に付いた方が交流会の成功に近いかと」
「ああ、なるほど。……ならば先に大枠だけ説明するが、宮中で働く者の一部を、古くから妾に仕えている者たちに変えたい」
「それは、交流会のため……ということで?」
「そうじゃ。尤も、交流会以降も彼らに業務を担って貰う必要があるかもしれぬなぁ。……宮中の様子を調べたが、ガタガタであったぞ? 」
パサリ、一枚紙をカミーユ側の机の上に放る。
「拝見しても?」
「勿論」
文量はそれほど多くない。
そのため、カミーユは瞬く間に読み終えた。
何故読み終えたのかが分かるかと言うと、怒りで彼の顔が真っ赤に染まっていたからだ。
……彼の性格上、激昂するかとは予想していたけれども、まさか本当にその通りになるとは。
「これは其方の家門からだけじゃ。勿論、他の家門も同じぐらい、あるいはそれよりも多く宮中で不正を行っている者がいる。……さて、其方の家門の者たちはどうする?」
「即刻切り捨てます」
「ならば、妾が煮るなり焼くなり好きにしても?」
「勿論です。……責任者として、我が伯爵家も罰を受けます」
「不要じゃ、不要。其方が加担していたら話は別だが、其方に関係ないところで行われている故」
「ですが……」
「折角の協力者を、自らの手で切り捨てろと? そんな間抜け、見たことも聞いたこともないぞ。自身の良心が痛むのであれば、妾の協力者として働け」
「……ご温情、感謝申し上げます」
「それから、このリストに名の記載がない者の中で其方の家門の者たちには、今後、妾に協力して欲しい」
「勿論にございます。そのように申し伝えます」
「了解した。一応、其方にも妾たちの動きは適宜共有させる。ラザールという者が担っている故、彼からの連絡を待て」
「承知致しました」
それからカミーユの執務室から、転移で部屋に戻った。




