懲罰
鼻歌を口ずさみたい気持ちを抑えつつ、部屋に入る。
今日も今日とて外に抜け出し、ハンター稼業に勤しんだ。
新米ハンターだったエリクたち一行が、随分と成長した姿を見せてくれたことも、大変嬉しかった。
「姫様、お帰りなさいませ」
レリアが私を出迎える。
「デボラより、言伝を得ておりますが」
現実に帰ってきたな、と苦笑いを浮かべつつ頷いた。
「……リゼットが、フランシスに接触。どうやら、先日の茶会について泣きついたようです」
「大国の権威を振り翳して、茶会を台無しにしたとでも?」
「……残念ながら、概ねその通りです」
折角我慢していたのに、つい、溜息を吐いてしまう。
「それで、フランシスは?」
「姫様に罰を与えると」
「……阿呆なのか?」
「仰る通りで」
私は、未だフランシスと結婚していない。
そして国籍も、未だヴェルナンツ王国に残っている。
つまり、だ。
フレール王国という小国の王が、ヴェルナンツ王国の王女に罰を与えようとしているということ。
私が騒ぎ立てれば、周辺諸国すら失笑ものの事件となることは間違いない。
「……で、どのような罰を?」
「大国の姫を気取るのであれば、今度のイーデア王国の訪問に関し、全て任せても問題なかろうと」
「……訂正。阿呆だな」
「ええ、完全に同意します」
思いっきり溜息を吐いて、乱暴にカウチに腰を下ろした。
……頭が痛い。
「……妾が失敗することを願っている、という理解で良いのか。……国と国の交流であるぞ?」
「ええ、全く理解し難いのですが。全ての責を姫様に押し付ければ問題なし……とでも思っているのでしょうか。あるいは、姫様が泣きついてくることを想定し力関係を示すことを狙っているのでしょうか」
「せめてフランシスが、イーデア王国の訪問者と旧知の仲ということはないか?」
「全く接点がありません。勿論、王族として顔見知りではありましょうが、逆に言えばそのぐらいです」
「そうか……。厄介よな。阿呆も過ぎると、何を狙っているのか意図が読めずに困る」
「仰る通りかと。……如何いたしますか?」
「イーデア王国の訪問は、いつか」
「二ヶ月後を予定しています」
「妾への報せは?」
「その答えは、あの男の胸の内にしかないので不明です。ただ、数日内かと」
「そうか。まずは、デボラに労いを。よくぞ調べてくれた、助かったと伝えてくれ」
「承知致しました」
「それから、フェリクスに助けてくれと伝えてくれ」
「フェリクスに、ですか……。彼の喜ぶ顔が目に浮かびます。鼻息荒くしてヴェルナンツで待っていると、デボラから聞いていましたので」
「それは良かった。それと、ラザールを呼んでくれ」
「外で待機しています」
「流石」
それから、すぐにノック音と共に彼が入室した。
「イーデア王国の件、聞いているな?」
「ええ、勿論です」
「まどろっこしいことは止めよう。どのぐらい、其方は宮中を掌握している?」
ニコリ、楽しそうな笑みを彼は浮かべる。
その笑みはとても可愛らしく、実年齢よりも十は若く見えた。
「二割といったところでしょうか」
「随分と、早いな」
「それだけ、不満が溜まっているということで」
「悲しいことだが、妾にとっては救いであるな。ヴェルナンツから、どれぐらい連れて来れる?」
「速度重視ですと、二十人ぐらいかと」
「ならば、即座に連れて来てくれ。その分、宮中のポストを空けるぞ」
「……面白いですね。僕も、遊んでも?」
「うむ、良いぞ」
「でも……フランシス王から、上手く権限をもぎ取れるんですかね?ラガルド伯爵は手伝ってくれそうですけど」
「もぎ取る。向こうも無茶を言うのじゃ、妾だけが我慢する道理もなかろう?」
「……まあ、そうですけど。あの男は、何をしでかすか分かりませんよ?」
「そうよな」
ラザールと私は、向き合った状態で二人揃って吹き出して笑った。
「権限をもぎ取れれば良し、そうでなくとも別の理由をこじ付けてしまえば良い。少なくとも宮中の人員は、其方が握っている不正の情報で粛正が可能であろう?」
「はい、その通りです。……嬉しいですね、姫様がやる気になって。僕も沢山遊べます」
ニコニコ、と楽しそうな笑みを浮かべた。
「其方に任せる。適宜の報告以外は好きにせよ」
「ありがとうございます」
ご機嫌な様子のまま、ラザールは部屋から出て行った。
それから、重い腰を上げて執務用の椅子に座ると手紙を一通書き上げる。
「デボラに連絡し、ラガルド伯爵にこの手紙を渡すように伝えてくれ。3日後には妾が会いに行く故、同席せよとも。それから、イーデア王国の訪問についても調べておいてくれ」
「承知致しました」
レリアもまた、手紙を受け取って部屋を出て行った。




