◆茶会2
太陽の光を浴びて輝く金色の髪。
周りを彩る新緑よりも深くて美しい翠の瞳。
真珠のような肌。
顔立ちはこれまで見てきた誰よりも美しく、何なら芸術家が精巧な人形を作ったのだと言い出したとしても、納得してしまうほど整っている。
細身だけど、不健康さはない体には美しいドレスが……あれ、ちょっと待って。
あのドレス、虹糸で出来ているのではなかろうか。
虹糸とは、虹蝶が生み出す糸。
虹蝶は上級のハンターでも易々と踏み入れることのできないような場所らしく、普通の人は一生かかってもお目にかかれない。
ましてや手に入れるとなると、ドレスを作るどころかハンカチーフぐらいの布面積でも困難極まる。
金を積めば、という話ではない。
そもそもで、極端に流通していないのだから。
「あ……いえいえ、時間ピッタリですわ」
リゼット様は引き攣った顔で否定した。
「それは良かった。そこが、妾の席かや?」
「え……ええ、そうですわ」
ソレイユ様は空いていた席に腰を下ろす。
「皆は既に知り置いているであろうが、妾はヴェルナンツ王国の第一王女ソレイユ・ルナ・ヴェルナンツである。今日、ここで皆と顔を合わせることができて嬉しく思うぞ」
「り……リゼット・モルドレッドですわ。今日、ここには私の親しいお友達をお呼びしておりますの」
「そうか。ならば、リゼット。妾に皆のことを紹介してくれぬかや?」
……この場の主役はソレイユ様に移っていた。
リゼット様のホストとしての役回りを奪っている、という訳ではない。
むしろ、ソレイユ様と皆を繋ぐという何とも開催者らしい行動を取ら『されて』いる。
緊張した面持ちで皆を順々に紹介するリゼット様と、貫禄すら感じられる様でそれを聞くソレイユ様。
果たしてどちらがこの場の頂点かと問われれば、この光景を見た者は誰しも後者だと答えてしまうだろう。
例え、リゼット様の陣営の者であったとしても、だ。
ただ一言の挨拶だけで、序列を明確にするとは……格が違う。
「ほう……イベール子爵領は、確か北方にある故夏でも涼しいと聞いたことがあるが」
「は、はい。仰る通りです。フレール王国の中でも北部にある地ですので、夏でも長袖で過ごせる程には涼しいです。ただ、王都からはかなり距離がありますので、もう少し南の地の方が旅行には適しているかと」
「そうか、そうか。ヴェルナンツ王国の都では滅多に雪は降らぬ故、機会があれば雪を見てみたくての」
「それであれば尚更イベールよりも南の方が良いでしょう。イベールは一度雪が降ってしまうと、雪に閉ざされてしまう地ですので」
「ふむ、なるほどな。流石に雪深いとなると、簡単には訪れられぬか」
クスクス、と楽しそうにソレイユ様は笑った。
何が面白かったのかは分からないけれども、とりあえずご機嫌を損ねなくて良かったと思う。
「……のう、リゼット。妾は、恐ろしいかや?」
「は……」
「其方含め、この場にいる皆に怖がられているような気がしてのう。何か、理由でもあるのか?」
スウッと、ソレイユ様が目を細められた。
ただその表情を浮かべただけで、場が凍る。
どんなに隠そうとも、心の内に秘めた真意が暴かれそうな鋭さが、その視線にはあった。
確かに私を含め皆が、淑女としてはあるまじき姿を晒している。
その理由は、ソレイユ様の纏う風格だ。
自然と首を垂れたくなるようなそれは、嘘偽りを許さないと言われているかのよう。
特にリゼット様に近い人たちは、普段こそ何とも思っていないだろうに、ソレイユ様の風格に圧されて、リゼット様の嫌がらせを咎められることを恐れているようだった。
今のソレイユ様の問いも、リゼット様の嫌がらせに気がついていて、敢えて問いかけているのだと勘繰ってしまう。
何人かは、ソレイユ様の問いに僅かに体が反応していた。
「大国ヴェルナンツ王国の王女様に、粗相がないかと皆気が気でないのでしょう」
「ふふふ……まあ、良い。其方がそう言うのであれば、そうなのであろうよ。……今回は、交流が目的なのであろう?」
……またもや、何か他の意図があるのではないかと、ついつい勘繰ってしまう言葉選び。
ちなみに私には、『今回は交流目的みたいだから、詰まらない悪戯も見逃してやっても良い』と聞こえた。
「ええ、勿論そうですわ。ほほほ……」
どうやらリゼット様も私と同じ解釈だったらしく、笑っていたけれども、僅かに顔は引き攣ったままだ。
「ならば、妾から皆に贈り物じゃ」
ソレイユ様は私たちの反応に気にすることなく、傍に控えていた侍女に声をかけた。
彼女は心得たと言わんばかりに頷くと、そのまま荷物を持って近づいて来る。
そうして配られたのは、小さな小さな箱。
恐る恐る開くと中には石が入っていた。
「これは……」
「ハンカチーフじゃ。今日の記念に、とな」
刺繍も何もない。
けれども、これが虹糸で織られたハンカチーフだということはすぐに分かった。
何人かは表情が変わる。
まるでソレイユ様を攻撃する糸口を見つけたと言わんばかりの、酷く冷めた目と歪んだ笑み。
……多分、虹糸と見分けられていないのだろう。
私の家は、偶々領地が紡織が盛んだからこそ知識として持っているが……そうでなければ、実際に持たない限り判別はつけられない。
「まあ、誠にありがとうございます。ソレイユ様より素敵なハンカチーフを頂けて、大変光栄ですわ」
そんな彼女たちを止めるように、リゼット様が一番に口を開いて礼を告げた。
「妾のドレスと同じ生地とは、安直過ぎたかと心配していたが……気に入って貰えたのであれば良かった」
……その後、普段の茶会以上に表面上は和やかなまま終わりの時間を迎えた。
尤も、私の胃は全く平和ではなかったが。
けれども、収穫はあった。
ソレイユ様の認識を、改めなければならない。
恐らく茶会に参加していた面々の内何人かはそう考えた筈だ。
……帰ったら、領地にいる父母に連絡を入れよう。
ああ、けれどもその前に……体に優しいハーブティーで休憩したい。
そんなことを考えながら帰路についた。




