訪問
そして、その翌日。
予定通り、デボラと共にラガルド伯爵領へと旅立つ。
「あ、姫様。転移魔法用にラガルド伯爵領の座標を記憶してるんで、移動は短縮できますよ」
デボラが使う転移魔法は、失われた魔法。
千年前も習得難度が高い故に使い手が限られた魔法だったけど、どうやら千年の間に完全に失伝してしまったらしい。
……平和になったと喜ぶべきか、魔法レベルが下がったと嘆くべきか。
勿論、千年前にルナは転移魔法を使っていた。
そして私からその魔法は伝わり、デボラだけでなくレリアもラザールも、一度行った場所には身一つで瞬時に移動することが可能だ。
「流石はデボラ」
デボラと手を重ねた瞬間、景色が変わった。
オレンジ色の屋根で統一された建物。
まるで御伽噺の中にでも飛び込んだような、可愛らしい景色。
デボラの先導で、それまでいた裏路地から大きな通りに出る。
どうやら市場が開催されているらしく、大通りには多くの人が行き交っていた。
その市場を通り抜け、少し坂になっている道を進む。
そうして、広場のような開けた場所に出た。
その更に先に、どうやらラガルド伯爵邸があるらしい。
広場を挟んで反対側から、邸を眺め見た。
広場と邸を隔てるように塀があり、塀を越えた先にある庭を抜け、その更に先に進むと屋敷がある。
広場からだと遠くてあまりよく見えないが、ラガルド伯爵邸は街並みとマッチする、御伽噺に出てくるような可愛らしい建物のようだ。
ミュージカルだとかアニメーションで主人公の女の子が、歌いながら出てきそう……なんて思ったら、自然と笑みが溢れた。
「何者だ」
門に近づくと、門の脇に控えていた男二人が道を塞ぐ。
「ヴェルナンツ王国第一王女、ソレイユ・ルナ・ヴェルナンツ様の使いです。ラガルド伯爵令嬢が病に倒れたと伺い、ヴェルナンツ王国でも活躍した医者を連れて参りました。こちらが、ソレイユ様からの書状です」
デボラが、サラサラとそれらしい回答をする。
「ヴェルナンツ王国の、ソレイユ王女が……?」
一体何故、ヴェルナンツ王国の王女が令嬢が倒れたことを知っているのか。
一体何故、医者を派遣したのか。
一体何故、ラガルド伯爵家に接触を計ったのか。
そんな幾つもの何故を問いたいだろうに、門番二人は訝しむ表情だけで抑えていた。
……優秀な人材を門番として配置しているな、と感心する。
門番たちからすれば、本物か偽物か分からないとはいえ、一応王女の使いを名乗る訪問者。
下手な応対をして、万が一私たちが本物だった場合に、ラガルド伯爵家の顔に泥を塗ることになる。
門番たちの言動は、それをしっかりと理解した上でのものだ。
「これが、ソレイユ様からの書状です」
デボラが門番に書類を渡す。
ここに来る前に、さっと作っておいたそれ。
けれども、効果は抜群。
書状には印が押されていて、それこそがヴェルナンツ王国第一王女が書いた証。
「こ、これは……」
有能らしい門番たちは、ちゃんと私の印を把握していたみたいだ。
「さ、こちらにどうぞ」
門番の一人が、私たちを門の中へと案内する。
そして屋敷に到着すると、玄関脇のこじんまりとした応接室に通された。
それからそこで暫く待っていると、執事らしき男が入って来た。
「本日は、お越し下さり誠にありがとうございます」
そして歓迎の言葉と共に頭を下げる。
「先触れもなく、突然に訪問して失礼しました。可及的速やかに対処した方が良いと判断し参りました」
デボラが答えた。普段と全く異なる他所行きの言葉遣いだ。
「書状については読ませていただきましたが……」
「この者が、癒師のソフィーです。魔腐に関し、世界一詳しいと言っても過言ではありません」
「……失礼ですが、随分と大きな発言ですね」
「……ヴェルナンツ王国は、英雄ジェレミー様が建国した国です。そして彼の方に付き従ったのは、有名な大魔法師ルナ様。ルナ様の研究の中には魔腐に関することもございます。それを継承する我が母国で一番の癒師であれば……」
国のレベルが他国のそれより高いんだから、当然その国で一番の人は、世界で一番レベルが高いってことだよね。
デボラの言ったことを要約すると、そんな感じだ。
ヴェルナンツの魔法技術が高いことは周知の事実のため、流石に執事も反論できなかったようだ。