報告6
「お貴族様の懐を温める為に働いているのかと思うと、泣きたくなるだろうね」
「……まあ、仮に自身に還元されていると実感できるのであれば、高い税であろうとも民も受け入れるであろう。問題は、利益実感が一切ないことであろうな」
「こんな中抜きされてたら、還元なんて夢のまた夢でしょ」
「そうさな」
私とラザール、二人同時に笑った。
「姫様なら……この国、簡単に切り崩せると思うけど」
「誰がそんな面倒なことを。大体、妾に政は合わぬ」
「……ラザールが楽しみたいだけでしょ?」
デボラの問いに、ラザールは楽しそうに笑った。
「否定しない。姫様なら、自由にさせてくれるから」
「其方も仕事中毒よの」
思わず、溜息を吐く。
「……あ、そういえば」
ふと、デボラが何かを思い出したように呟いた。
「何かあったか?」
「動かない他の伯爵家は何をしているのかな、と調べてたんですけど」
「ふむ?」
「三つの伯爵家の内、一つはモルドレッド。後二つの家の内、ティリエ伯爵家は後継者が無く爵位返上が決まってます」
「ほう……それは、それは珍しいの」
「ですよね。で、もう一つの家。ラガルド伯爵家って言うんですけど、一貫して王都の政争には参加しない、と領地に引き籠っています」
「ふむ……特におかしなことではないと思うが、何か気になることがあるのか?」
「ラガルド伯爵家って、前王の時までは積極的に王家を支える姿勢を貫いていたんですよ。それなのに、フランシスが王になった途端、王都に寄り付きもしない。なんか引っかかると、思いません?」
「そうさなぁ。兄王の死に不審感を抱いている、或いは既に決定的な証拠を掴んでいるのか。はたまた、単純にフランシスのことを見限ったからか。……いずれにせよ、突けば面白いことが出てきそうであるな」
「ですよね。それで、調べてみたんですよ」
行動が早いな、と笑みが溢れる。
何故か、デボラは楽しそうに目をキラキラ輝かせていた。
「蛇でも出たか?」
「いいえ。でも、全く想像外のことだったんで、面白くはありましたけど」
「ほう?」
「何でも、ラガルド伯爵家のお嬢様が『魔腐』になった……とか」
瞬間、つい立ち上がる。
それぐらい、衝撃的な言葉だった。
最早聞くことはないであろう……そう、思っていたのに。
「確かか?」
「ラガルド伯爵令嬢が原因不明の病に倒れたということに関しては、確度は高いと思ってます。社交界で全く噂が流れていないからこそ、信憑性は高いかと。でも、魔腐が確かなのかは微妙っていうのが正直なところですね。そもそも、魔腐なんて千年前の記録にしか残ってませんから」
「……ふむ、そうか。ならば、明日にでも確かめに行くとするか。……レリア!」
「はっ……!」
「一週間ほど、離宮を空ける。妾が不在であること、悟らせるでないぞ」
「畏まりました」
「二人は自由にせよ。妾について来るも良し、もう少し王都を楽しんでも良し」
「ありがとうございます。私は勿論、ついて行きますよ」
「僕はもう少し王宮内を探っておきます」
「うむ、決まりだ。では、デボラ。明日、出発するぞ」
「畏まりました。あ、離宮に泊まっても?」
「構わぬ。どうせ、使っていない部屋ばかりだ。……レリアに頼んでおけ」
「ありがとうございます!」
それから、日常会話を少し交わしてから、二人は部屋から去って行った。
……魔腐。
それは千年前、私がルナであった頃に存在していた呪いの一種。
身の内に流れる魔力が変異し、体が魔力を受け付けなくなる。そして全身が黒く染まり、魔力を使おうとすると激痛と高熱に苛まれるようになるのだ。
魔力が変異した状態を『魔力が腐った』と表現することから、略して魔腐と呼ばれていた。
今となっては知られていないが、魔力が腐るのはディアーブルに魔力を捧げた証。
ディアーブルを信奉する者たちが自ら自身の魔力をディアーブルに捧げたか、あるいはディアーブルを信奉する者たちによって無理矢理捧げさせられたか。
いずれにせよ、ディアーブルありきで魔腐が発生する。
つまり、ディアーブルを滅して千年経った今、発生する筈のない病だ。
魔腐の存在自体、人々の記憶どころか記録の中からも抜け落ちて久しいものであり、余程歴史に精通していないと知り得ることは無い。
デボラが知っていたことに驚きはないけれども、今更そんな話が出てくることは純粋に驚いた。