報告5
「あのババアを満足させるのは業腹ですが、せいぜい頑張って演じて下さい。居場所のない可哀想な正妃なんて、物語に出てきそうな役ですね」
「そうでもないぞ? 割と、現実的な話よ。王妃なんて位があろうとも、所詮は人でしかない。人は……王であれ王妃であれ、誰もが他者に認められることで、初めて地に足が着く。政略結婚で上手くいかず、居場所がないと感じる王妃なんぞ大勢いるであろうな」
「そんなもんですか」
「そんなものよ。ヴェルナンツとて、歴史を紐解けば、中々愉快な話が転がっているぞ。一度、覗いてみると良い。夢見が悪くなるのも、一興であろう」
「遠慮しておきます。私、繊細なので」
目をキラキラ輝かせているデボラの横で、ラザールが小さく口を開いた。
「……デボラなら、読んでも笑い転げるだけだろ」
「ちょっと、ラザール。やっぱり話し合いが必要なんじゃないかしら?」
二人の間の空気が険悪になったのを感じて、口を開いた。
「丁度良い。……ラザール、其方からの報告は?」
「……本題は別にあるけど、おさらいから」
「うむ、言ってみよ」
「まず、この国の構造。世襲貴族の数だけど、全部で三十九。内、公爵家はゼロ、侯爵家は一つ、三つの伯爵家、それから十の子爵家と二十五の男爵家。勿論、ヴェルナンツみたいに一人で複数の爵位を持っている家もある。世襲貴族は大なり小なり領地を持っていて、侯爵家以外は普段、領地にいる」
「侯爵家は?」
「代々宰相の位に就いているから、基本的にいるのは王都」
「ああ、なるほど……。そうすると、逆に他の貴族たちは、国政に関与せぬのか」
「法案とかは、まずは貴族の中で議論、それから王が可否を判断することになっている。後、爵位を継げない次男三男とかは王宮に出仕して働いているケースも多いから、それなりに情報が入ってくるよ」
「そうか。……それにしても先ほどの説明に戻るが、家門の数が少ないな」
「そう。更に、長子相続が絶対だから、貴族は当主以外も含めて大体全国民の0.003%ぐらいの割合かな」
「ふむ……」
「後は金で買ったり、何かしらの功績を讃えらて爵位を得た一代限りの貴族の家もある」
「それは、ヴェルナンツと同じであるな」
「その通り。……で、ここからが本題」
出されたのは、人物の名前が列挙された紙。
ご丁寧にモルドレッド・アルヴィエ、どちらの陣営に属するかまで各人別に記載されている。
「元々、役人たちによる中抜きやら賄賂は慣習化されてた。でも、ここ一・二年で酷くなった」
「フランシスが王位を継いでからか」
「キッカケは、そう。モルドレッド伯爵が実権を握ってからは、更に酷くなった」
「ふむ……この、人の名の横にある二種類の数字は?」
「フランシスが王位を継ぐ前と、今の比較。各人別に、着服した金額をザックリ書いてみた」
「よくぞまあ、この短期間で調べられたな」
「……さっきも言った通り、ここに書いたのは、おおよその金額。詳細が知りたいってことなら、もう少し調べるけど?」
「……否、そこまでには及ばぬ。今は大体の金額さえ分かれば良い。にしても、面倒な。……周りが暴走しているのか」
「更に厄介なのは、その周りの数が多いってこと」
「……? ……??」
器用にも私とラザールを交互に見ながら、デボラが首を傾げていた。
「見てみよ、デボラ」
デボラが軽く礼を言って、ラザールのリストに目を通す。
「うわ、多っ……」
デボラの素直な反応に苦笑した。
気持ちは、分かる……と。
「権勢を誇るモルドレッド、アルヴィエ、どちらでも良い。どちらかの当主が、或いはどちらかの家が率先して手を染めてくれていたのであれば、まだ楽よの」
「……ああ、そういうことですね」
納得したように、デボラが頷いた。
権勢を誇るどちらかの家が率先して行っているのであれば、当主を屈服させるなり、家門の権威を崩してしまえば、状況が改善する。
けれども今回の件は、それに当てはまらない。
何故なら、派閥関係なく、多くの人たちが手を染められている状態だからだ。
そしてその原因は、恐らく宮中内での規律の乱れ。
不正をしても大丈夫であろう、という空気感が王宮内に漂っているせい。
この状況を正すとしたら、加担した多くの人たちを潰し尽くして、宮中を締め上げる……ぐらいか。
それにしても、慎重に動かなければ打撃を与える前にスルリと逃げられる可能性が高いし、せっかく捕まえたところでイタチごっこになる可能性も高い。
一言で表すならば、労力がかかるし、面倒。
「……何というか、散々よの。この国の民が可哀想になってきたわ」
今日何度目になるか分からないが、思わず苦笑が漏れた。