報告2
「もう一つの報告は?」
「ラザールとデボラが、明日、報告に伺いたいと」
「そうか。……構わぬ。どうせ、明日も暇よ」
そう言いつつ、苦笑が漏れた。
「承知しました。では、二人に伝えておきます」
「よろしく頼む」
それからレリアは再び一礼すると、部屋を出て行った。
ストールを肩にかけて、部屋を出る。
そしてバルコニーの柵に体を乗せて座った。
綺麗な星の海だ。
「毒、か」
ポツリ、呟く。
レリアから報告を聞いた時、ゾッとした。
体の芯が凍った。苛立ちと恐怖で。
前世、ルナの時には、多くの命を奪った。
……それは魔物のみならず、ディアーブルを信奉する人間も。
始めは、怖くて仕方なかった。
泣いて、吐いて、また泣いて。
それでも死にたくなくて、大切な人を死なせたくなくて……進み続けて。
そうして、やがて心が麻痺した。
失われていく体温にも、悍ましい血の臭いにも何も感じなくなって。
ぼんやりと、ベッドの上で平穏に死ぬことはないだろう、死んだら地獄に行くのかな、なんて思ってた。
……それでまさか、地獄ではなく再び生まれ変わるとは。
けれども生まれ変わった世界は、決して優しくはなかった。
ただ目的の為だけに生き、心を動かすことなんてもうないだろうと思っていたのに……恐れを抱かされたのだ。義母の悪意に。
その一つが、日常的に私の食事に毒を盛ること。
それは戦うことも、抗うことすらできない、確実に殺すための作業。
ただ純粋たる悪意によって向けられる殺意。
戦場ではないからと油断し呆けていれば、すぐに死ぬ。
命を奪い続けた私が何を甘いことをとは自分でも思うが、それでも常時悪意を向け続けられれば、神経が張り詰め続けて疲れもするし恐れもする。
……だから、私は毒が嫌いだ。
悲しいかな、義母のおかげで毒を含めた暗殺を差し向けられるのには慣れた。
けれども、レリアの口から毒という言葉を聞いて、体の芯から凍るほどの苛立ちと恐れを感じた。
いっそのこと立場も何もかも捨てて、悪意を向けたリゼットを消しに行こうかと思ったほど。
彼女の駒を消したと聞いた時には、心の底からレリアに拍手を贈ったものだ。
「流れ星……」
ぼんやりと考え事をしながら空を眺めていたら、一筋の線が夜空を切った。
綺麗なものだな、と純粋に思う。
ふと、思い出す。
かつて、地球で見た流れ星を。
そして、それと同時に思う。
帰りたい、と。
正直、ルナの時も偶に思うことはあった。
苦しい時、辛い時。
赤に塗れた手で涙を拭いながら、帰りたいと。
その度に、今更何を思っているのだろうと自嘲した。
もう、地球にいた頃の自分とは大きく変わってしまったというのに。
何より、ジェレミー達を捨てて帰れるかと問われれば、首を横に振るほどには彼らを大切に思っていた。
今は、どうだろうか。
ジェレミーを含めた当時の仲間たちを、今なお愛おしく思う。思い出せば、心が温かくなるのは確かなのだけど。
フワリと、風が吹く。
軽く掴んでいたストールが、風で舞い上がる。
……考えても、仕様がないことか。むしろこれ以上星空を見ていたら、体に毒だ。
もう一度ストールを掴み直すと、私は部屋に戻った。