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私を好きな人の心の声が聞こえるのに、急に隣の席の男の子の声が聞こえなくなったんだけど!

作者: 円玄

 私の名前は神庭(かんば)志穂(しほ)。17歳の高校2年生。

 誰にも言ったことないけど、私は人の心を読むことができる。と言っても、いつでも自由にのぞけるわけではない。私に対して強い思いを向けてくる人の心の声が、自然と聞こえてくるのだ。例えばそう、私に恋をしている人の声とか。


 ◆


「おはよう」


 朝、私よりもはやく来ていた隣の席の男の子に挨拶する。


「……おはよ」


 控えめな挨拶がかえってくる。彼の名前は羽鳥(はとり)瑛也(えいや)くん。落ち着いた雰囲気のかわいい顔の男の子。羽鳥くんは物静かで外界に我関せずといった態度をとっている。だが私は彼の内心を知っている。


"神庭さん、めっちゃかわいい……!"


 そう、私には羽鳥くんの心の声がはっきりと聞こえる。つまり、羽鳥くんは私にぞっこんなのだ。

 最初に羽鳥くんの声を聞いたのは、1年の最初の頃。もう1年以上毎日のように私にかわいいと心で言ってくる。そんなに思っているのなら、実際に言ってくれればいいのに。

 羽鳥くんは去年も今年も同じクラスなのに、全然話しかけてくれない。このあいだ席替えで隣同士になってようやくちょっとしゃべるようになったのだ。

 羽鳥くんは一年以上私を思い続けているのに、一向にその気持ちを伝えようとしない。極度のヘタレである。今までも、私を好きな人の声を聞いたことがあるけど、それは数週間でなくなっちゃったり、少しにごっていたりした。こんなに長く私を思い、なんのにごりもない純粋な好意を寄せてくれているのは、羽鳥くんがはじめてだ。


 だからまあ? 羽鳥くんが思いを伝えてくれるのなら? 答えを考えてあげないでもないかなーなんて思ってるのだけれど。


「……」


 ちらりと羽鳥くんの方を見てみる。目があって、すぐそらされた。


 ……さっさと告白してくれればいいのに。


 ◆


 英語の授業中のこと。


「羽鳥くん、教科書見してよ」


 授業に使う教科書を忘れた私は、羽鳥くんの反応を少し楽しみに、そんなことを言ってみる。


「いいよ」


 何の表情の変化もなく、私に教科書を差し出す。すました顔をしているが、内心落ち着いていないのは知っている。


"やばい……神庭さんに名前呼ばれるだけでドキッとする……"


 ふふふ、私に話しかけられるだけでドキドキしているようだ。

 さらに、私は席をくっつけ、羽鳥くんの方へ体を寄せてみる。


"……神庭さん、近くでみるとよりいっそうかわいいな……っていうか、近すぎて緊張やばい"


 羽鳥くんはほんとうにポーカーフェイスがお上手だ。内心と表情のギャップがとっても大きい。

 ……どうにかしてそのすまし顔を崩してやりたいな。


「羽鳥くん」

「なに?」

「羽鳥くんって好きな人いる?」

「……は?」


 突然の質問に、胡乱な目を向けてくる。


「どうして、そんな質問をするの?」

「いいからいいから! それで、いるの?」


 私はさらに体を寄せて羽鳥くんの目をのぞきこむ。

 羽島くんは顔を若干赤くして体を少し離した。


「君はそんなにグイグイくる人だっけ?」

「えへへ、まーね!」

「……」

「……いるの?」

「さあ、どうだろう」

「はぐらかさないで教えてよー!」

「知らない知らない。ほら、授業に集中して」


 そう言って逃げるように視線を教科書に落とした。

 だけど心の声はちゃんと私に届いてる。


"びっくりした……神庭さんがあんなに興味をもつなんて。興味深々にこちらを覗き込んでくる神庭さん、すごくかわいかったな……"


 ふふっ、羽鳥くん、ほっぺ真っ赤にしてる。こんなに表情崩してくれたのははじめてだ。


 それからも羽鳥くんに少しちょっかいをだし、反応を楽しんだ。羽鳥くんは何回も私をかわいいって言ってくれる。私と喋っている時ずっとドキドキしてる。


 羽鳥くん、ほんとに私のこと好きなんだなぁ。


 ◆


 ある日のことである。


「おはよう」

「……おはよ」


 いつもの通り羽鳥くんに挨拶をする。


「……」


 だけど、違和感があった。

 なんだろうと思ったけど、その正体はすぐにわかった。


 ……羽鳥くんの心の声が聞こえない。

 毎日毎日顔を合わせるたびにかわいいって言ってきたのに、今日はそれが聞こえない。


「羽鳥くん」

「なに?」

「……私を見て、何か思うことない?」

「……なにか変わった?」

「いや別にそういうわけじゃないけど」

「……?」


 特に羽鳥くんの様子が変わった感じはしない。……だけど、羽鳥くんは気持ちを表情にださないから、わからない。

 結局、その日は羽鳥くんの心の声は聞こえなかった。

 最初はたまたまその日別のことで頭がいっぱいなのかな、って思ったけど、次の日も、その次の日も羽鳥くんの声は聞こえなかった。


 羽鳥くんの声が聞こえなくなってから3日目の夜。


「うぅ〜なんでだよぉ……一年以上、毎日聞こえてたのに……」


 お風呂に入った後、ベットにぼふりと倒れ込み、足をじたばたさせる。


 私は人の心を読めるけど、自由に読めるわけじゃない。私に対して強い思いを抱いている、つまり私に恋をしている人の声だけ聞こえてくるのだ。

 そう、私には私を好きな人の声しか聞こえない。


 つまり、羽鳥くんはもう、私のことを好きではないのだ。


「なんで……最近ちょっかいだしすぎたかな……うざかったかな……」


 今までも私を好きになった人はいた。だけど、たいていすぐ声は聞こえなくなった。羽鳥くんだけなのだ、ずっと私を好きでいてくれたのは。


「羽鳥くん……」


 いつか告白してくれるものだと思ってた。ずっとずっと待っていた。なのに、こんなのひどいよ。


「……許さない」


 羽鳥くんめ。心の中では私にデレッデレだったくせに。こんな中途半端、許さないよ、羽鳥くん。


 ぜったい、もう一回私で頭をいっぱいにさせてやる。


 ◆


 翌日。


「羽鳥くん!」

「なに?」

「勉強教えて!」

「……いいけど」


 まずは物理的距離を縮めてみよう。この間、羽鳥くんが顔を真っ赤にしたのも近くに寄ったときだった。

 席をくっつけ、問題集を広げる。


「この問題!」

「君、さっきから怒ってる?」


 おっと、いけないいけない。つい語気が強まっちゃった。


「お、怒ってないよ」

「……ふーん」

「それで、この問題がわからない」


 そういうと、羽鳥くんは丁寧に説明してくれる。私はさりげなく椅子を近くに寄せてみる。無反応。近くで羽鳥くんの目をのぞきこんでみる。無反応。不意を装って手に軽く触れてみる。無反応。


「――っていう論理なんだけど、わかった?」

「……うん。ありがと」


 わからないっ!! 羽鳥くん、何を思っているのかぜんっぜんわからない! なんで眉ひとつ動かさないの⁉︎ なんとも思ってないの⁉︎ 照れを隠してるの⁉︎


 ……少し、踏み込んだ質問をしてみるか。


「羽鳥くん」

「なに?」

「羽鳥くんって好きな人いる?」


 この前はこの質問に慌てふためいていた。今回の反応は……


「……君、この前もその質問してたけど、僕のこと好きなの?」


 おまえが言うなぁぁ! 私のこと好きだったのは羽鳥くんでしょ!!


「あはは、まさか」


 私はひきつった笑みを浮かべる。

 羽鳥くんめ、なんだその優位者の発言は。あくまで僕は好かれる側の人間ですよ、みたいな、

 いつか、ぜったい、ぜぇーったいその余裕を崩してやるんだから。


 そんなこんな考えているうちに、羽鳥くんは帰り支度をしてしまった。


「それじゃ、僕は帰るよ」

「待って!!」

「なに?」

「その……お礼! お礼に、飲み物奢るよ! 一緒にどっかカフェいこっ!」

「お礼はいらないよ」

「いるの!」


 なんで断るんだよっ! 私と行きたくないの⁉︎


「いこうよ! ……それとも、今日は予定ある?」

「別にないけど」

「じゃあ行くよ!」


 私は半ば強引に羽鳥くんを連れてった。羽鳥くんは不本意そうだった。だからなんでそんな不本意なんだよ。


 それから、せっかくなのでカフェで一緒に勉強した。その間も少しアタックしてみたけど、やはり無反応。羽鳥くん、心の声が聞こえなくなってから、ほんとうに何を考えているかわからない。まあ、それが普通なんだけど、彼の場合は特に、表情の変化が少ないから。

 ……それにしても、もうちょっと反応してくれてもいいじゃん!こっちが惨めになるよ!


 店を出る頃には日は暮れていた。


「羽鳥くん、今日は付き合ってくれてありがとね」


 私は今日のお礼を言う。だけど、羽鳥くんは何も言わずにこちらをじっと見つめてる。


「……な、なに?」

「君さ、やっぱり怒ってない?」

「……」


 ……そりゃ、怒ってるよ! あなたが急に私に興味なくすんだもん!


「もしかして、僕がなにかした?」

「……」


 そうだよ! 全部羽鳥くんのせい!


「それならさ、謝るから。僕にできることならするからさ」

「……」

「機嫌、なおしてほしい」


 まっすぐな羽鳥くんのまっすぐな瞳に、少しドキッとする。

 謝るなら、もう一回羽鳥くんの心を聞かしてよ。また毎日のようにかわいいって言ってよ。その気持ちを私に伝えてよ。それだけで、私の機嫌は直るんだ。


「……名前」

「……?」

「羽鳥くん、私のこと、名前で呼んだことないでしょ。いっつも君って言ってさ」

「……そう、かも」

「まずは、私を名前で呼んでほしい」

「……わかったよ、神庭さん」

「……うん」


 それから別れて、そのまままっすぐ家に帰った。

 夜。自室のベットに力なく倒れ込む。


「はぁぁ〜……」


 手応えが、なさすぎる。心の声が聞こえないと、こうもわからないものなのか。羽鳥くん、ほんとに私のこと好きだったの? だんだんあの頃の私は幻を聞いていたのではないかと疑ってしまいそう。


 ……まずは、名前から。

 少しずつ、でも確実に。羽鳥くんとの距離を縮めていくんだ。


 ◆


 それから私は羽鳥くんに見てもらえるようにがんばった。

 例えば、髪型を変えてみたり。けっこうかわいく結えたのに、なんと羽鳥くん、なんも言ってくれなかった……。私はその日、かなり落ち込んだ。

 また別の日には一緒にショッピングモールいこうって誘って、休日一緒に行った。私服だって何時間も研究して考えてコーディネートしたのに、やっぱり羽鳥くん、なにも言ってくれない。しかもデート中いろいろアタックしてみたけど、顔色ひとつかえない。泣きそうだった。


 もうすぐ夏休みがはじまるという時分。私は地域の花火大会に、羽鳥くんを誘った。しかも、浴衣で行こうと誘った。浴衣デートだ。羽鳥くんは浴衣を着るのを渋ったが、なんとかOKしてもらえた。


 そして花火当日。屋台が出てる神社の前で待ち合わせ。約束の時間の15分前くらいに、浴衣姿の羽鳥くんはきた。ふぅん、なかなか似合ってるじゃん。


「神庭さん、はやいね」

「うん、だって楽しみにしてたし」


 どうだこの私の渾身の浴衣姿は! ……しかし羽鳥くんは眉ひとつ動かさない。せっかくの浴衣だから、せめて一言言って……! かわいいって!


「それじゃ、行こうか」


 ……いつも通りだ。かわいいなんて言ってくれない。


「そうだね」


 私は笑顔を取り繕って、羽鳥くんと神社の方へ向かった。

 屋台はたくさんでてて楽しかった。チョコバナナはおいしいし、金魚すくいなんかもおもしろかった。羽鳥くんが珍しくたくさん笑ってくれた。羽鳥くんも楽しいようで、私はうれしい。


 バン、と破裂音が空に響き渡った。花火がはじまった。私たちはよく見える位置に移動し、花火を眺める。


「羽鳥くん、花火は好き?」

「好きだよ」

「へぇ〜意外。うるさいの嫌いかと思った」

「まさか。むしろ好きだよ」

「羽鳥くんは静かなのに?」

「僕はあんまり声が大きくないけど、静かな雰囲気より、賑やかな雰囲気の方が好きなんだよね」


 なんでもない会話を続ける。


「ところでさ」


 私は羽鳥くんの目を覗き込む。


「私、今日浴衣なんだけど」

「……? 僕もだよ」

「羽鳥くん、浴衣似合ってるよ。かっこいい」

「あ、ありがとう」


 羽鳥くんは要領を得ない私の言葉に困惑している。


「はい、羽鳥くんの番」


 ようやく、羽鳥くんは合点のいった顔をした。


「神庭さん、浴衣かわいいね。似合ってる」


 すっと、私が求めていた言葉はでてきた。

 だけど……私が聞いてた心の声は、もっと、差し迫ったものがあった。もっと、私が好きで好きでたまらないとでも言うような、熱があった。今の彼の言葉は、その熱がなかった。

 この気づきは、私に、彼の心はもう完全に私にないのだというのとを、残酷に認めさせた。

 最後の花火がおわる。みんなが余韻に浸ってる中、私だけ、暗く沈んでる。

 諦めが、胸をすっとつく。


 もう、今日でおわりにしようかな。


 そう思うと、口は軽かった。


「羽鳥くんはさ」

「ん?」

「私のこと、好きだったでしょ」

「うぇっ?」


 変な声をだした羽鳥くんに、私はくすくす笑う。


「一年生の頃からさ、二年生になっても」

「……」

「私嬉しかったよ」

「……」

「……」

「……神庭さんは、気づいてたんだね」

「うん」

「……そっか」


 それから一呼吸。羽鳥くんは口をひらいた。


「神庭さん。一年以上前から、ずっと、君のこと好きでした。ほんとはこんなこと言うつもりなかったけど、隣の席になって、たくさん喋るようになって、祭まで一緒に来て、僕も我慢できなかったから言う。神庭さん、僕を恋人として、横においてはくれませんか?」


 ……え?


「……ちょっと待って。羽鳥くん、今も私のこと好きなの?」

「……そう言ってるよ?」

「……」

「……」

「……嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「絶対うそっ!」


 じゃあなんで心の声が聞こえないの?

 なんで私になんにも興味をしめしてくれないの?

 なんで私と触れ合っても眉ひとつ動かさないの?

 なんで……


「なんで、私と一緒にいるとき、恥ずかしがったり、照れたりしないの?」

「……実をいうと、ずっと照れてるよ。だって神庭さん、距離近いんだもん」

「でも、全然そんな感じしなかった」

「僕はポーカーフェイスが得意なんだ」


 そんな……じゃあ、全部私の勘違い……?


「……質問、するから、正直に答えて」

「うん」

「私のこと、毎日のようにかわいいって思ってた?」

「それ、答えなきゃだめ?」

「だめ」

「……思ってたよ。見かけるたびに思ってた」

「最近は?」

「一年前から今までずっと思ってるよ」

「具体的には?」

「ぐ、具体的に? えっと……髪型、変えたとき、ものすごく思った。あとは、休日でかけたとき、私服みたときも」

「かわいいなって?」

「……う、うん」


 羽鳥くんはずっと私のことが好きだったんだ。

 なんだ、ほんとに、私の勘違いだったんだ。

 今の羽鳥くん、顔真っ赤。

 あのときの、心の中の羽鳥にそっくりだ。

 ほんとに私を好きなんだなって、確信できる。


「羽鳥くん」

「はい」

「言ってよ!!」

「はい?」

「そういうの! かわいいとか、髪型変えたねとか、私服似合ってるねとか、全部言ってよ!」

「……ご、ごめんなさい」

「まったく……」


 羽鳥くんは申し訳なさそうに体を縮こませる。


「……羽鳥くん!」

「は、はい!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



 それから時は経った。

 羽鳥くんとは、うまくいっている。たまに喧嘩したり、私が一方的に拗ねることもあるけど。私は付き合う前よりもっと大胆なことができるようになったので、羽鳥くんの顔を真っ赤にして楽しんでる。ただ、羽鳥くんのポーカーフェイスもどんどん強固になっているので、崩す難度が日に日に上がる。

 そんな感じで、楽しい毎日を送っている。


 かつては、他人の声が確かに聞こえていた。

 だけど、なにがきっかけで、なにが原因なのかは知らないけど、もう二度と他人の声が聞こえることはなかった。


 でも、大丈夫。

 もう、心に思ったことは、ちゃんと伝えてくれるから。

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