「満月冬華が選んだ理由」
遅れて申し訳ありません。
「質問したいのだけど、いいかな」
家にあった茶を沸かし、振舞いながら俺は気になっていたことを問う。
「もちろんよ。なんでも聞きなさい」
「お言葉に甘えて……なんで俺を彼氏だって紹介するの?」
「っ!? けほっ、けほっ……」
「だ、大丈夫か!?」
お茶を噴き出した彼女に、タオルを手渡す。
「お、おばか! なんていう質問をするのよ!?」
「なんでも聞いていいって言われたから……」
「まったくもう……で、なんで星見君が私の彼しかってこと?」
「まぁ……そうだな」
何か込み入った事情があるのかもしれない。
俺は集中して耳を傾ける。
「この! 私が貴方を選んだ! それ以上に素晴らしい理由はありはしないわ」
「いやその理屈はおかしい。てか、ごり押しで乗り切ろうとしないで」
理屈ですらない気がする。
普段の些細なことであればそれで済むけれど、流石にこれは誤魔化されても困る。
「……好いてくれるのは嬉しいけどさ」
「素直に喜びなさいよ」
「嬉しいよ? そりゃ、冬華さんほどの美女に好かれて嫌な人はいない」
「もっと褒めなさい?」
「続けていいかな」
「…………」
「前提として、とっても嬉しいよ? でも、何の脈絡もないとさ……喜びよりも驚きが勝つよ。接点があったわけじゃない、ともすれば怪しい詐欺って思うかもしれない。もちろん、冬華さんはそんな人じゃないってのは知ってるけど……」
すると、彼女は黙り込んでしまう。
「……込み入った事情があるなら、教えてほしい。縁ができたんだし、できるなら助けたい」
大金を支払ってまで俺を購入するくらいに切羽詰まった事情。
自分の想像力では思いもよらないことが彼女の身に起こっているのかもしれない。
「…………それは話せないわ、だけど!」
彼女が正座を解き、俺の前に四つん這いでやってくる。
「誰でもよかったわけではないわ。星見君だから……星見君でなければ、買うことはない。それだけは本当なの」
彼女の視線は真剣そのもので、嘘は一つも混じっていない。
「私にとって、私らしくあれるのは星見君がいるからよ。覚えていないかもしれないけど……それは紛れもない事実」
「俺を……買い被りすぎじゃないかな」
「私が…………極上のためならだれにでも身を差し出すと、本当に思っているの?」
冬華さんは俺の手を取ると、自分の胸に当てる。
普段であればヘタレさから卒倒しているのだろうが、今の彼女は真剣であった。
自分の弱点を必死に抑えてまで俺に訴えかける。
「星見君……誠司、貴方が好きよ? 私の男にできるなら、なんだってする。それくらいに貴方が好きすぎて、貴方に溺れている」
強い眼光を前に、今度は俺が負けてしまいそうで……。
「!?」
ドン、と勢いよく俺は押し倒される。
冬華さんは、傷一つない綺麗な美脚を俺に絡めながら、耳元まで顔を落して、そっと囁く。
「私を……抱いてみる?」
表情は見えない、だけどそれは……。
「――流石にそれはっ」
駄目だと俺の感情が告げる。
拒絶ではない。単に、体を安易に捧げようとする彼女は止めなければならない。
「私をそうやって容赦なく叱る人は星見君で二人目」
身を委ねるように彼女は俺の体に重みをかける。
「私みたいな美女に言い寄られても駄目なものは駄目という。そこに惚れているのよ」
余裕の表情で言う割には、顔を全然見せてこない。これはたぶん……。
「顔、真っ赤にしていなかったら……すごく恰好いいのだけどな」
「……うるさいっ、おばか、ばかばか……」
やはり、彼女はヘタレだった。
夕暮れ時。
窓から、夕闇の紅色が入り込み、俺と冬華さんの上を……そっと覆う。
影によりはっきりと見えない冬華さんの表情は……ヘタレな面と自信家の面とが混ざっているようだった。
「冬華さんに叱るのが、俺が二人目、だっけか。それで……一人目っていったい誰なんだ」
「ふふっ、妬いているの?」
「ち、違う。単に気になっただけで――」
「私のお父様よ」
そうして冬華さんは優しく、俺の額にキスをした――。