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「満月冬華は常に極上を目指す」

 「観念なさい。この私からは逃げられないわよ!」


 そう言いながら、冬華さんは俺の手を取る。 


 「……わかった、もう逃げないよ」


 単なる車で捜索されるのなら、まだ誤魔化しようがあるだろうが……空から探すことができるとなると流石にどうしようもない。


 高校もできれば休みたくなかったけれど、捕まった以上は仕方ないか。


 「ふん、わかったならそれでいいわ。ヘリに星見君の制服と鞄を用意しているから……早く着替えなさい」

 「えっ」

 「なに驚いているのよ」

 「学校に通っていいの?」


 本当に何を言っているんだ、という顔で冬華さんが見つめてくる。


 「いや、だってさ。俺ってもう、所有物なんだよね」

 「彼氏よ」

 「だから屋敷でずっと軟禁されると考えていたけど、違ったのか?」

 「彼氏よ」

 「反応しにくいから一旦落ち着いて?」

 「どうして高校をサボらせる必要があるのよ」


 意見が食い違う。


 「アナタね、私はすべてにおいて極上を求めるのよ。でもね、極上というものは家名で決まるものではないわ。自分がどれだけ努力をしたか……その礎が極上であることを示すのよ」


 彼女の哲学では――家名に甘えて学びや研鑽を捨てることは、唾棄すべき最低最悪の行いとのことだ。


 だから彼女に仕える執事やメイドであろうとも、常に極上であることが求められる。


 「昨日、星見君はこの私の所有物になったわ。だからこそ、これからも勉学を続けなさい。これは私が極上であれるだけでなく、アナタもそうあれるように」


 不覚ながら……その考えに、共感できる自分がいた。


 所有物であろうとも――自分と同じ視座で、同じ高みを目指そうとさせる。


 彼女は俺の想っている以上に、お嬢様らしくなく……誰よりも泥臭く自分を磨いているのかもしれない。


 「……勝手に逃げて悪かったよ。だからちゃんと言うことにするよ。俺が屋敷に住み込む話、考え直してくれないか?」

 「それは嫌よ」

 「ええ……」

 「なによ、私が星見君の家に住めっていうの?」

 「同居が決定事項なの、普通におかしいことに気付いて。お願いだから」


 いい雰囲気になっていたから通じるかと思ったが、そうはいかなかった。



 だがとりあえずは学園に行けるのならば、それでいい。


 すぐに衣服を着替え、促されるようにヘリコプターに乗り込む。自転車で登校したこともないのに、ヘリコプター登校かぁ。


 「お父様?」

 「そうなんだ。父さんに現状を説明しないといけない」


 自宅から冬華さんの屋敷に通うことが許されないのなら、一報を入れる必要もある。


 夏未の弁償の件もあるし。


 「嫌かもしれないがこれは――」

 「構わないわよ」


 あれ?


 根気強い説得が必要かと思ったら、そうではないようだ。


 「これからは遅刻してしまうから、放課後でいいかしら」

 「え、あ、うん。それで……。だけど、いいのか?」

 「いいわよ。別に私はアナタを拉致したわけではないもの。だけど、きちんと親御さんに伝えておかないと、後々面倒になるわ」


 拉致は拉致だろう、そう言いたくなったが言わないことにした。


 「今後は要求があるのなら遠慮なく言いなさい。溜め込むのは駄目よ」

 「そっか……ありがとう。じゃあ提案なんだけど、所有物とかそういうのをできれば解消してほしいのだけど。友達から始めません?」

 「それは嫌よ」

 「デスヨネー」


 融通が利かないわけではないが、駄目なものは駄目らしい。


 「忘れないで。アナタは私が買ったの。だからどうあっても、私が手放さない限り……所有物なのだから」

 「…………」


 念押しされてしまった。


 「そして、アナタの今朝の行動は……いけないわ。だから学校に到着するまで――お仕置きよ?」


 お仕置き、その言葉に俺は底知れぬ恐怖を覚えた。

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