将校様と町娘 【月夜譚No.165】
噂の将校は、確かに美青年であった。歳も若く、まだ二十代前半といったところだろうか。青い瞳に凛々しい眉、口元は生真面目に結ばれる。短い黒髪に被った制帽が、彼をより頑なに見せた。
きゃあきゃあと黄色い声を上げる友人の傍で、彼女は誰にも聞こえないような小さな溜め息を吐いた。
彼女自身は正直、将校に興味がなかった。友人が恰好良いと話題になっている彼の姿を一目見たいと言うので、半ば強引に連れてこられただけである。
建物の陰から遠目に見るだけだが、やはり彼女の心は動かない。人間の美しい男を追いかけるより、森に咲く色とりどりの花々を愛でる方が、彼女の性には合っていた。
その時、こちらを向いた将校と目が合ったような気がした。慌てた友人に手を引かれて、建物の裏に隠れる。
友人が興奮したようにはしゃぐ横で、彼女は苦笑いを浮かべた。乙女の思考回路は、彼女にとって難解なようだ。
将校と関わることは、今後ないだろう。彼女はこっそりそう思いながら、友人を促して帰路に就いた。