ナナちゃん
三歳になったばかりの娘、奈々は、今日も一人遊びに興じている。
「ナナちゃん、きょうのごはんははんばーぐでしゅよ」
洗濯物を畳みながら眺めると、どうやらお気に入りの人形相手におままごとをしているようだ。
今日の晩御飯は、ハンバーグにしようかしら。
畳み終えた洗濯物を箪笥に仕舞い、押し入れから奈々の布団を出して、風通しの良い場所に敷いた。
「奈々ちゃん、お昼寝の時間よ。おいで」
「あーい」
奈々は人形を抱いたまま、布団に寝転ぶ。その上からタオルケットを掛けると、直ぐにトロン、としたおねむの顔になった。
いつもなら、子守唄を歌わないと暫く寝ないのに、今日は直ぐに寝入ってしまった。
暑いからかしら。縁側の外を見やると、軒先にぶら下げた風鈴が、ちりん、と風に揺れた。
お風呂掃除をして買い物のメモを書けば、丁度奈々も目を覚ますくらいの時間になるだろう。そう思い、その場を離れようとした。
その時。
ふと、違和感を感じたのだ。
何だろう、この違和感は・・・。
視線を奈々に戻すと、ソレと目が合った。
「!!」
奈々が抱いている人形だ。
その人形はダークグリーンのフェルト地のエプロンドレスを着た、栗毛の女の子で、奈々の祖母が買い与えた物だった。
おかしいわね、この人形、寝かせると瞼を閉じる筈なのに・・・。
今は長い睫毛の付いた瞼は開き、ブルーグリーンの瞳が覗いている。
結局は人形なのだから、こういう事もあるだろうと思ったが、気味が悪かったので顔が下になる様に少し人形をずらした。
昔から、人形という物が怖かった。今にも動き出しそうで、気味が悪かったのだ。それに、あの無機質な肌も気持ちが悪い。
ぬいぐるみも、目が気持ち悪くて、キャラクターものしか買う事は無かった。
だからか、祖母が買い与えた人形を、自分と同じ名前で呼ぶ程に奈々は大変気に入っていたのだ。でも・・・
気持ち悪い。
その時はそれだけ思って、風呂掃除に取り掛かった。
■ ■ ■
「奈々ちゃん、お昼御飯食べよう。・・・あら」
さっきまで遊んでいたと思っていた奈々は、お気に入りの人形を抱きながら、座ったまま眠っていた。
最近よく寝るわね・・・。どこか悪いのかしら。
少し不安になって、肩を揺すって起こしていると、人形が此方を見たような気がした。
「ひっ」
吃驚して腰を抜かしかけたが、その声で奈々の目が覚めたようだ。
人形が此方を見るわけないじゃない。奈々を揺すった時に動いたのよ。
そう自分に言い聞かせる。
「奈々ちゃん、眠いの?気持ち悪く無い?」
「・・・ねむいの」
目をごしごし擦る手を握って、止めさせる。
「そっか。じゃあ、お昼御飯食べたら、お昼寝しようね」
「・・・ん」
結局、お昼御飯を食べながらコクリコクリと船を漕ぎだしたので、布団を敷いて寝かせた。
熱は無いようだし、お腹の調子が悪いという事も無い。暫く様子を見ようと思い、奈々の頭を撫でながらぼんやりとしていた。
ふと、目が覚めた。
やだ、眠っちゃってたんだわ。
時計を見ると、十五分位しか経っていない。ホッとして視線を落として、
ぞっとした。
あの人形が、
いつの間にか、奈々の隣で眠っている。
人形は、食事の時は汚すといけないので、いつも部屋に置いたままにしている。今日は食事が終わる前に寝かせたから、人形を抱いてはいなかったのに・・・。
怖い、怖い、怖い、怖い
恐怖に身が竦んで、その場から動けない。目も離すことが出来ない。
ぱち
「ッ!!!!」
人形の目が、
目が開いて、
ブルーグリーンの瞳が、
天井を映して、
顔が、ギギギ、と
ギギギ、と此方を向いて、
二コリ、と嗤って、
「マ、マ」
「ひいいいぃぃぃッッ!!」
人形は、布団を抜け出して、
一歩、
また一歩、
此方へ、
此方へと、歩いて来る。
「あ、ああ、こ、来ないで、来ないでえぇッッ!!」
じりじりと、後ろへ後ずさる。
しかし人形は嗤ったまま、
段々、
段々と、近づいて
「きゃああああああっっ!!」
私は、
そこにあった座布団を手に持って、
人形に叩きつけた。
「ただいま。・・・あれ、居るじゃないか。どうしたんだ、明かりもつけないで」
部屋の明かりを付けて、家の主人が入ってくる。
「ああ、奈々が寝てたのか。しかし、昼寝には遅いんじゃないか?奈々ーお父さんだよー、ただいまー」
けれども、愛する娘の返事は無い。
「・・・奈々?奈々?奈々!?奈々!!・・・佳奈!救急車!!早く!!・・・佳奈?おい佳奈しっかりしろ!!」
気付いた妻は、はっと目を見開いて、
「いやあああああああああああああああああああ」
「佳奈!?佳奈!?」
迸る絶叫、パニックに陥った室内。
折れて転がった人形の首が、それを眺めていた。