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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第四章 約束の剣
23/68

4-2 剣の話

「…………フィオリトゥーラ様」

 誰かの声が、いつからか私を呼んでいる。何度呼ばれたのかわからない。コンコンコン、と扉を叩く音が、次第に輪郭をともなってそれに重なっていく。

 頬を、温かなものが伝った。

「フィオリトゥーラ様」

 スラクストンの声だった。彼は、彼女の名を呼んでは、その後に控えめに扉をノックする。

 身体を起こした。それから目尻を指で拭った。

 六号室は、朝でもベッドの周囲が薄暗い。

 フィオリトゥーラは、窓から差しこむ淡い光をぼんやりと見つめた。

 昨晩はなかなか寝つけず、このまま朝を迎えるだろうかなどと考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。

 再び、彼女を呼ぶ声とノックの音がする。

「どうしましたか?」

 フィオリトゥーラが扉越しに訊ねると、やはり扉の向こうから返事が返ってくる。

「七号室の修復作業を開始させていただきます。少々騒がしくなりますが、ご容赦ください」

「承知しました」

 彼女が答えると、外でスラクストンは誰かへと指示を与え、それから間もなく、足音や何かを叩くような物音が、一斉に鳴り始めた。

 フィオリトゥーラはいつものように髪を整えてから着替えると、カーテンを開け、外の様子をうかがう。

 まだ午前中ではあるが、太陽はかなりの高さにまで昇っている。朝一番の鐘などとうに鳴り終えただろう。

 扉を開け廊下に出ると、隣の七号室入口に新しい扉を取りつける作業が行われていた。

 白い麻のチュニックを着た見慣れない二人の男が作業にあたり、それを間近でスラクストンが見守っている。

 フィオリトゥーラは、今日もブリオーではなく初めからチュニックに着替えていた。艶やかな白金の髪は左右から編んで結びまとめてある。余した残りの髪は、その内側から背中へと垂らしていた。

 プレシャスからの連絡はいつ来るかわからず、いつでもすぐに動ける状態でいなければならない。

 とはいえ、流石に両手剣はまだ部屋に置いたままにしてあった。昨晩スラクストンが剣身の状態を確認したが、何も問題はなかったようで、剣は簡単なクリーニングが施されただけで、フィオリトゥーラの元に戻されていた。

「フィオリトゥーラ様、おはようございます」

 スラクストンが礼儀正しく会釈をする。

 フィオリトゥーラは六号室の扉に鍵をかけ、それから振り返った。

「おはようございます」

「本日も変わらず、大変麗しいかぎりですな」

 誇らしげに言うスラクストンの背後で、作業をしていたはずの二人が動きを止めて、現れたフィオリトゥーラの姿を呆然と見つめていた。

 中背で細身の男と背の低い小男で、彼らは揃って大きく目を見開いたまま、その口をぽかんと開けている。

「ご苦労様です。どうぞよろしくお願いします」

 フィオリトゥーラが微笑み彼らに会釈すると、二人は慌てて姿勢を正す。

「任せてください!」

「完璧な扉にしてみせます!」

 そんな彼らの様子が可笑しくて、彼女はさらに笑みをこぼした。

「期待しています。それでは失礼します」

 そう言って歩きだす彼女を目で追い、二人の男は作業の手を止めたまま、その後ろ姿に見惚れていた。それを、スラクストンが嗜める。

 そんな様子を背に、フィオリトゥーラは長い白金の髪を小さく揺らしながら、優雅な足取りで階段を下りていく。

 一階に下り、扉が開いたままの入口の向こうにガルディアの姿を見つけると、彼女は直接食堂に向かわず、応接室へと入った。

「おはようございます」

「ああ。フィオさん、おはよう」

 ガルディアは、いつもはディルが座る壁に近い方のソファに座り、テーブルの上に様々な武器を並べて、それらを選別している。

 彼がいつも所持している小剣の他、同程度の大きさの小振りな刺突剣や、それよりもさらに小さな短剣の類など、全部で十本以上の武器が置かれていた。

「何をされているのですか?」

「うん。何が役に立つかわからないからね。普段使ってない物も含めて、状態の確認をしてるんだ。よかれと思って持ってった武器が、実はまともに使えませんでした、なんてのは最悪だからね」

「なるほど」

 フィオリトゥーラがガルディアの武器を眺めていると、食堂からリディアが顔を覗かせ、朝食の用意ができたことを報せた。

 ガルディアはすでに済ませているだろうから、あらためて準備をしてくれたのだろう。

 移動して食卓につき、一人分の朝食を前にすると、背後からガルディアの声が届く。

「ディルは裏庭にいるよ。たぶん剣でも振ってるはず。僕もあとで行く予定だから、フィオさんも食事が終わったら覗いてみたら?」

「そうですね。ありがとうございます」



 二の刻の鐘の音を耳にしながら、最後の一口を食べ終えると、フィオトゥーラは手にしていたフォークを静かにテーブルの上へと置いた。

 ガルディアの言葉に従い、食事を済ませたフィオリトゥーラは早速裏庭へと向かった。

 今日は厨房の方へは向かわず、一度ホールに出た後、裏庭の正面に出るテラスの側へと進む。

 一昨日の朝の時同様に、ディルの呼気が聞こえてきた。

 扉を開けテラスに出ると、並ぶ柱の向こうに剣を振るディルの姿があった。袖のない麻のチュニックを着て、裾を絞ったブレーを履いている。

 今日のディルは、あのムーンライトの剣術だという不思議な構えをとらなかった。

 シミターを振っては、それを右斜め下に構えたり、あるいは右肩に担いだりと、その構えは次々と変化する。

 テラスの柱の脇に立ち、フィオリトゥーラはその様子を眺めた。ディルはもちろん彼女に気がついているが、構わず続けた。

 誰かと対峙した状況でも想定しているのか、その場に留まることなく踊るように動きまわりながら、ディルは様々な形で曲刀を振る。しばらく見ていても、その中に同じ動きは二度となかった。

 なんとなくだが、彼が複数の相手との闘いをイメージしているのではないかと、フィオリトゥーラはそう感じた。

「フッ!」

 最後に、鋭く息を吐きシミターをやや打ち下ろすようにして横に薙ぐと、ディルはくるりとフィオリトゥーラへと向きを変える。

 同時に鮮やかな手つきで剣先を下に向けると、そのまま右手を逆手にして右腰の鞘へと曲刀を納めた。コンッ、と小気味よい音が響いた。

「遅かったな」

「おはようございます」

 フィオリトゥーラは、軽く膝を曲げて挨拶してみせる。

「失礼いたしました。寝過ごしてしまったようです」

「いや、おまえは昨日一戦してるしな。可能なかぎり身体を休めた方がいいだろ」

 そう言いながら、ディルはフィオリトゥーラの姿をひと眺めするが、そこには別段疲労した様子は見られなかった。見た目の華奢さからは想像できないが、彼女はなかなかにタフなのかもしれない。

「ありがとうございます。今のは、剣の修練ですか?」

「ああ。まあな。何もわからないうちは、いつもどおりのことをやるしかないからな」

 いつもどおりということは、ディルは普段からこういった修練を行っているのだろう。 

 フィオリトゥーラはふと、いつか見た自国の兵士たちの訓練風景を頭に思い浮かべる。彼らは整列して、皆一様に同じ動作で繰り返し剣を振っていた。

「ディルは剣の修練を行う際、同じ動作を繰り返したりはしないのですか?」

 それは率直な疑問だった。

「ん? ああ。まあそこらの道場なんかじゃよくやってるけどな。俺も別にやらないわけじゃないぜ。ただ、普段はこんな感じの方がいい」

「様々な動きをした方がよい、ということでしょうか?」

「そうだな。何か複雑な動きを覚えさせたい時なんかは俺だって反復するけど、それが身体に入っちまったら、あとはどう使うか考えたり試したりする方がいいような気がするだけだ。同じ動きばっかやってたら、その動きにだけ慣れた身体になっちまうだろ? そんな風に鍛えたせいで、柔軟に対応できないで失敗した奴も沢山見てるからな」

 それは彼なりの考え方なのかもしれないが、理解はできる気がした。

「まあ、俺は誰かに剣を習ったわけじゃねえからな。好きにやってるだけだ」

 思えばフィオリトゥーラは、皆がどのように剣の腕前を磨いているかなど、これまで考えたことはなかった。それこそ先に思い浮かべた兵士たちの訓練風景を少し目にしたことがある程度で、自分の兄がどのように剣の修練をしていたのかさえ、訊ねたこともなかった。

 もっとも、その頃はこうして聖地で剣闘士として闘うことになるなど、夢にも思わなかったのだが。

「さらに質問させていただいて構いませんか?」

 今は不思議と興味が湧いた。

「ん? ああ」

 ディルも、そんなフィオリトゥーラを少し不思議そうに見つめる。

「ディルは、左ではなく右腰に剣を下げていますが、どうしてなのですか?」

 フィオリトゥーラが訊ねたとおり、今にかぎったことではなく、ディルはシミターを携帯する際、常に利き手側の右腰に下げていた。

「まあ、確かに普通と逆だよな。つーか、おまえ、そういう常識はあるんだな」

 右腰の鞘に納められた自身の剣に視線をやり、ディルはその柄を右手で触る。

「いえ、なんとなくなのです。ただ、あらためて見ると、やはり奇妙な感じがします」

 実際、剣に対する知識をほとんど持たないフィオリトゥーラからしても、その違和感は明らかだった。理屈や作法などを知らずとも、これまで彼女が目にしてきた剣を携える者たちは皆、ディルとは異なる側に剣を下げていたからだ。

 持ち運びが難しい大きな両手用の武器ならばともかく、片手で扱うような剣は通常、携帯する際には右手と反対の左腰に下げた鞘に納める。

 彼女はそういった事情を知らないが、集団戦闘を想定している者たちにとって動きの乱れは致命的となるため、一般的に兵士や騎士たちの間では、片手武器を使用する際は右手で扱い、それを携帯するのは左腰、とそう決められている。それは常識以前に厳然たる決まり事なのだ。

「俺の場合、自然にこうなってたからな。ただ、俺はこっちの方が扱いやすい。速く抜けるし、狭い場所でも抜きやすい。ま、抜いた後に返す手間はあるけどな」

 言うなりディルは、右手で右腰のシミターを真上に引き抜くと、その勢いのままくるりと剣先を上に向けながら、同時に柄を握る手を、逆手から順手に替えた。

 ディルが手慣れているせいもあるだろうが、一連の動作は一瞬で、しかも両肩の幅の中だけでスムーズに完了していた。確かに彼が言うとおり、これならば狭い場所でも難なく剣を抜くことができるだろう。

「昔、短剣を使ってた影響もあるかもな」

 ディルはそのまま、抜いたシミターをくるくると振りまわし始めると、唐突にぽいっと空中に曲刀を放り投げてしまう。

 シミターは彼の頭よりだいぶ高い宙空へと舞い上がり、回転し、幾度も円を描く。

 剣を追って、自然と彼女の視線も上を向いていた。ディルの突然の行動に驚きつつも、フィオリトゥーラは声を発することなく、そのままその様子を見守った。

 くるくると回りながら、やがて落下し始める曲刀の下に、ディルがすっと身体を入れる。

 そして、素早くその場を通り抜けると、即座に反転し、自らの背後に回転しながら落ちてくる曲刀へと、薙ぎ払うようにして右手を叩きつけた。

 フィオリトゥーラは反射的にその身を強張らせる。あの重厚な刀身が素手に当たれば、程度はどうあれ怪我はまぬがれないだろう。

 だが、刀身に叩きつけたかのように見えたディルの右手は、回転する曲刀の柄を見事に掴みとっていた。

 続いて勢いそのままに曲刀を振るかと思いきや、ディルはすぐに柄から手を放して、再びそれを宙へと放りだす。ただし今度は低く、曲刀は彼の胸の前辺りで、刀身が生んだ遠心力でくるりと一回転した。

 するとディルはすかさず、両手の甲や腕などを使って、刃に触れないように刀身を押したり叩いたりして操り、器用に剣をくるくると回転させ続ける。

 やがて、剣が安定した回転運動を保ち始めたかと思った頃、ディルは両腕をぱっと左右に開いた。解放された曲刀は、緩やかに回りながら落下していく。

 ディルは右足をひょいと軽く持ち上げると、落下するシミターの刀身を布の靴の甲部分で受け止めた。シミターが真横を向いて、足の上で静止していた。

「よっと」

 ディルは続いて、動きを止めたシミターを、ふわりと蹴り上げる。曲刀は緩やかに宙を舞い、上昇し頂点から落下していく過程の中で、真横を向いていた剣先が次第に真下へと向きを変えていく。

 先も耳にした、コンッと小気味よい音が、今度は一際大きく鳴り響いた。

 落下したシミターが、ディルの右腰の鞘へと見事に収まっていた。

 蹴り上げる際、剣先が下を向くように調節し、落ちてくる曲刀の位置に右腰を入れながら、鞘の向きも右手で微調整しつつ、ディルは直接触れずにシミターを鞘へと戻したのだ。

 動作を終えたディルは、フィオリトゥーラへと向きなおす。どこかつまらなさそうな顔をしながらも、その口元には小さく笑みを浮かべていた。

 一連の動きを見届けたフィオリトゥーラは、目を見開いたまま、感心とも戸惑いともとれないような、そんな微妙な表情をディルへと向けていた。

「訳わかんねえことしやがって、って顔してるぜ」

「いえ、そんなことは……」

 フィオリトゥーラは慌てて首を横に振ると、それから身を正すようにしてディルを見つめなおす。

「お見事でした。鮮やかなものですね」

 本心からの素直な感想だった。実際、曲芸師も顔負けの巧みな剣の扱いだった。

「ただ、そうですね……。確かに、少し意外に感じるところがあったかもしれません」

「意外? なんでだよ? どこぞの騎士様でも剣士様でもない俺が、こんなことやっても別に不思議じゃねえだろ?」

「なんでしょう。私からすると、ディルはその、闘いや剣の扱いに関して、実用的な動きを好まれるように思えたものですから。このように剣で遊ぶ姿は想像できませんでした」

 短い期間とはいえ、彼の性格や言動、または闘いで見せた動きからフィオリトゥーラは、彼が無駄な動作や行為を好まないだろうという印象を持っていた。

 また、これは口にしなかったが、マニアである彼が愛好の対象である剣を雑に扱うような真似を見せたことも、意外に感じた理由のひとつだった。

「剣で遊ぶ、か。悪くない表現だな。でもまあ、その『剣で遊ぶ』が、俺は重要だと思ってる。礼節を重んじる剣律の道場なんかでこんなことやってたら、即刻破門されちまうかもしれないけどな」

 ディルは、そう言って笑う。

「これもまた、必要な行為ということなのですね」

「ああ。闘いには意図せずセオリーができたりする反面、逆に、起こり得ない状況なんてものもないからな。剣を落とすことなんかは普通にあるし、武器を手にしてない、考えもしないような状態から戦闘に引きずりこまれることだってあるだろうな。自分の経験や想像の域を超えるような突発的な状況が生まれた時、即それを利用できるぐらいじゃなきゃ、それを使える相手とその状況に殺されちまう」

 フィオリトゥーラは聞きながら、ディルが言わんとするような状況を想像してみるが、どうにも具体的なイメージが浮かばなかった。

「そうだな。例えば、俺と相手の間に剣が一本落ちていて、いきなり闘うことになったとする。互いに素手の状態だ。その時、その剣を使おうと思ったら、おそらく反射的に手で拾いにいっちまうだろう。だが、普段から足でも剣を扱ったりしていれば、最速最良の手段で剣を手中にできる可能性ってものが広がる。さっきの反復練習の話で『身体に入れる』って言ったが、まったくやったことのない動きなんてのは、咄嗟に出るわけがないからな。まあ、これも所詮俺の持論だけど、おまえも自分の剣ぐらいは自在に扱えるようにしておいた方が――」

 ディルが具体的な例を説明している最中、フィオリトゥーラの中である記憶がふと蘇る。忘れていたはずもない、さほど遠くもない過去の情景――。

「……両腕が使えなくなったとしても、足でも口でも使って、相手を斬る」

 フィオリトゥーラが茫然と、小さな声で呟いていた。

「はあ?」

 突然発せられた言葉にディルは、その細い目を丸くして彼女の顔を覗きこむ。

 思いだして口にしたのとは違った。記憶が唐突に再生され、それを唇が思わずなぞってしまったのだ。

 いつも兄と遊んだ、巨大な柱が並ぶ光差す誰もいない広大なテラス……。磨きこまれた白い大理石の床の上へと落ちていく、一本の両手剣。

 右手の木剣を合わせながら、左手のやはり木製の短剣の鍔を絡め、うまく力を込めたことで、兄が手にした剣を落としたのだ。

 だが、ちょっとした思いつきが首尾よく成功し、思わず微笑む私の目の前で、兄は器用に足を使い、すかさず床に落ちる寸前の剣を勢いよく跳ね上げた。

 すうっと横に移動しながら、あっという間に両手剣を手中に取り戻すと、くるりとその剣を回し、何事もなかったのかのように、彼は涼しげな顔で再びそれを構えた。

 足を使ってもよいのかと疑問を口にした私を見て、兄が笑う。

 ――いつも手が使えるとはかぎらないからな。

 そう言ってから、続けて兄は言った。

 ――例え両腕が使えなくなったとしても、足でも口でも使って相手を斬る。俺はそれが理想だと考えてる。手段としても、覚悟としてもな。

「兄の言葉です。思いだしました……。兄も、足で剣を扱って、そのようなことを口にしていました。どうして……。思いだすのが、遅いですね、私」

 遠く眩いものを見るような眼差しのまま、その目を幾度か瞬かせた後、フィオリトゥーラは優しく微笑む。

 その顔がなぜだか泣いているようにも見えて、ディルは声をかけられずにいた。

 フィオリトゥーラは深く目蓋を閉じると、それからゆっくりと目を開ける。再び覗いた碧い瞳は、どこか遠くではなく今度は目の前のディルを見ていた。

「ありがとうございました……。今のお話、参考にさせていただきますね」

 先までの表情はなく、いつもと変わらぬ微笑みと明るい声が戻っていた。

 ディルはそんな彼女の視線を直に受け止められず、一瞬だけ顔を背けた後、わざとらしく咳払いをひとつ入れる。

「フィオ。話ついででなんだが、今度は俺から質問させてくれ」

「はい、なんなりと」

 わずかな逡巡の後、ディルが続けた。

「プレシャスが言ってたよな。『剣術を習ったことも、それどころかまともに剣を握ったことすらない』って。それって、どういうことなんだ?」

 ディルの漠然とした質問を前に、微笑んでいたフィオリトゥーラの表情がかすかに曇る。

「あの時は口を挟まなかったが、正直俺には信じられねえんだ。まともに剣を握ったことすらない? じゃあ、おまえのあの〝剣〟はなんなんだ?」

 ディルは思わず髪を掻きむしる。訊きたいことがうまく自身の口から出てこないことが、ひどくもどかしかった。

「その話、僕も聴きたいな」

 不意に声がした。

 あまりにも近くから声が聞こえたため、フィオリトゥーラは驚き、慌てて背後へと振り返る。



 いつの間に来ていたのか、テラスの柱の脇、そこにガルディアの姿があった。

 その顔には満面の笑みが浮かんでいる。これほど近くにいたというのに、声をかけられるまでその気配はまるで感じられなかった。

「ガルディアさん……」

「驚かせてごめんね、フィオさん」

 そう言ってから、ガルディアはディルを見た。

「成功、かな? ディルも気づいてなかったでしょ?」

 言われたディルは不機嫌そうに目を細め、ガルディアを軽く睨みつける。

「まあな」

 ディルの視界にも現れていなかったということは、いつからかわからないが、ガルディアは柱の陰に身を潜めていたのだろう。

「趣味が悪いぜ。聞かれて困る話はしてねえけどよ」

「あは、ごめん。ちょっと気配を消す練習をさせてもらってたら、興味深い話をしてたから」

 ガルディアは、わざとらしくひょこひょこと歩き、ディルとフィオリトゥーラ、二人の間へと移動する。左腰に下げられている小剣の金具が、カシャカシャと音を立てた。

「興味深い話じゃなかったら、斬りかかってたか?」

 ディルが、ガルディアを冷ややかな視線で見下ろす。それと同時に、右手を剣の柄に触れさせた。

「いやいや。そこまでやったら、流石に気づくでしょ? ディルの不意打ち耐性のレベルは知ってるしね」

 ガルディアは屈託なく笑うが、斬るかどうかはともかく、剣を抜いて接近するぐらいはやっただろうなとディルは想像する。

 二人は沈黙したまま、互いに視線を逸らさずにいた。

 唐突に生まれた妙な緊張感を前に、フィオリトゥーラは表情を硬くしたまま交互に二人の様子をうかがう。

「こいつは前科があるからな」

 ガルディアに視線を据えたまま、ディルがフィオリトゥーラへと言った。

「えー、あれはディルがやれって言ったんじゃん」

「加減ってものがあんだろうが」

「いや、だって、殺気がないと感度も落ちるってもんじゃない?」

「訓練で殺されてたまるかよ」

 気がつけば張り詰めた空気は消え、いつもと同じ日常の二人がそこに戻っていた。

「まあでも、ディル相手にここまで接近できて僕的には満足だよ」

「チッ」

 露骨に舌打ちするディルを笑顔で見上げたまま、ガルディアはそのディルの隣に並ぶ。それから彼は、フィオリトゥーラへと視線を向けた。

「でさあ、フィオさんは、どうやって今の〝剣〟を修得したの?」

 ガルディアが訊ねる。

 それは、先の話の続きだった。ここで指す「剣」とは、カルダ=エルギムの両手剣のことではなく、つまりはフィオリトゥーラの剣術のことだ。

「そうですね……」

 少しうつむくようにして、フィオリトゥーラは答える。

 直だな。あまりに率直なガルディアの問いにディルは呆れるが、フィオリトゥーラを見れば、どう答えるか考えてこそいるものの、それほど困った様子を見せるでもなく、どうやら質問の仕方はこれでよかったらしい。

「まず、先のプレシャスさんのお話ですが、あれはもちろん本当のことです。私は、この聖地に向かうと決めるまで、本物の剣を手にしたことは一度もありませんでした。そして、誰かから正式に剣術を指導されたということもありません」

「じゃあどうやって――」

「ディル。フィオさんの話を最後まで聞こうよ」

 思わず口を挟んでしまったディルへと、ガルディアが言った。

「ああ。悪かった」

「いえ、お気になさらずに。それでは僭越ながら、私が剣を振るうことになった経緯をお話しさせていただきます」

 そう言った後、フィオリトゥーラの瞳は、再びどこか遠くを見つめ始めた。


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