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私は大人になりたかった

作者: 鹿


私は大人になりたかった。私が思う大人とは、一人でなんでもできる人、誰の力も頼ることなく一人で難なくこなす人、他人のどんな部分も受け入れられるいわゆる紳士だ。


「あなたは優しい人になりなさい」

私の母に言われた言葉だ。幼い頃からこの言葉を遵守しようと生きてきた。誰にでも優しくあれること。それこそが私の目指した大人の形だった。

私はこの言葉を深く心に刻み、その日を境に人に優しく生きていくことを誓った。


「○○くん優しいよね!」「○○お前やっぱ優しいよなあ〜」

そう言われることがとてつもなく嬉しかった。私の母の言いつけを守り人に優しく生きることで、私は私の存在価値を見出していった。

人に優しくすること、人に優しく接することが出来ることが私の価値なんだ。


それ以外に、価値などないと思った日もあった。


みんなに優しくしていると、自分自身の心地もどことなく良くなることが分かった。私の父は、正直なところ口が悪く、家族に対して反感を食らうような言い方ばかりしていた。

私はそれが嫌だった。父本人を嫌うほどに。

だから一層心に強く刻んだ。私は人に優しく生きるんだと。


自分の心が壊れつつあることを知りもせずに。いや、知ってて壊していたのかもしれない。


みんなに向ける言葉は優しかった。相手の意識を逆撫でしないように、相手が心地よく居られるように、相手が私と話していて楽しいと思われるように。

そして相手が楽しそうに笑ったり、私の反応を嬉しがっている様子を見るのも、私はとても嬉しかった。


相手の意見が私にとって、あまり心地の良いものでなくても。私がそれをとてつもなく嫌っていようとも。相手も知らないままに。


だから、とても嬉しそうにしてくれていることが嬉しかった。


本当にそうだろうか?私は本当に嬉しかったんだろうか?自分の意見を捻り曲げて自分をどこまでも押し殺して、本当の自分の姿を見失うまでに自分を忘却の彼方へと追い込んでも尚、私は本当に楽しかったと言えるのだろうか?


そしてある日、形は歪んだ。否、私が形にはまることを拒んだ。

受け入れ難かった。私が想像して崇拝したあの紳士の姿は、虚像に過ぎなかったと思い知った。

途中から気づいてはいた。でも見て見ぬ振りをするしか無かった。私は頑固な性格だった。故に自分のポリシーを貫くことが出来ない弱い人間になるのではないかと、怖かったんだ。


本来、人間とは変わりゆくものだ。時間の流れと共に、不変的に比例して。だが、私は先を急ごうとしすぎた。

誰よりも早く大人に、誰よりも優しく生きることに、誰に対しても笑顔でいて貰えるように。強欲だったのだ。周りの人間全てに対して笑顔でいてもらおうなんて、都合のいい無謀な話でしかない。


私はそれに気づいた。気づいた頃にはもう手遅れだった。


川は氾濫し、河川沿いの町は崩壊した。町は原型を留めることなく、波に飲まれて死んでいった。崩壊した町を直すのにはとても長い時間を要した。長い時間をかけて修復した、はずだった。

元に戻らなくなったのだ。二度と同じ形になることは無くなった。


あの頃の私は、帰らぬ人となった。


私は体幹を失った。真っ直ぐ歩くことすらままならなかった。左右に揺られながら、おぼつかない足取りで毎日を過ごしていった。


そんなある日に、私に話しかけて来た人がいた。


「どうしたの?大丈夫?」


曙光が見えた。あれはとても明るい太陽だった。私は陽の光を浴びて、生き返った心地になった。なんだか心がポカポカして、一緒に雨も降った。


人に頼ることは、私にとってポリシー違反だった。頼ることは迷惑である。だから自分一人でどうにかすることこそ、大人だと思っていた。

だけど違った、大人はこうじゃなかった。私はまた軸を取り戻して、本当の大人の形を知った気がした。


それからというもの、人に頼ることを覚えた。最初はなんだか甘えているみたいで、子供っぽくて少し小っ恥ずかしかった。

でも歩きすぎたし、少しくらい、立ち止まっててもいいよね。


大人になるって、こういうことなのかな。

みんなも少し立ち止まって、景色を見ていこうぜ。

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