『1』
「……………」
俺は棒状の“それ”を自分の脇からそっと抜き取り、眼前にまで移動させると、俺は恐る恐る目を開き、棒状の“それ”の画面を凝視した。
――37、4℃
俺は自分の体温が昨日よりは下がっていることを確認すると、安堵の息を漏らした。俺は自分の体が学校へ向かえる事ができると知ると、寝間着として使用していたジャージを素早く脱ぎ捨て、制服に袖を通すと、鞄を掴み取り、玄関へ向かった。
「行ってきます!」
自分でも気味が悪いくらいの元気か良い挨拶をして、俺は家を出た。
頭が痛い。
体も重い。
だが、これ以上無いくらいに心は嬉々としている。
学校へ行ける。
俺は、学校へ行けるのだ!
「お前…どんな顔して登校してるんだよ」
不意に後ろから声が掛かる。俺が素晴らしい気分を満喫していたというのにそれを邪魔するとは、野暮な奴だ。
「どんな顔だった?」
「幸せそうだったぞ、気持ち悪いくらい」
「幸せで悪いか」
「いや、悪か無いけど、捕まるぞ?あの顔は」
「捕まらねぇよ」
麻倉悠真、空気は読めないが、それなりに良い奴で、俺の学校生活はこいつとのくだらない会話から始まる。
くだらない。
ホントにくだらない。
とか思いながらも、何年もこいつと一緒にいるのは、何でだろうな。
ま、いいか。こいつと同じで俺も馬鹿だから考えてもわかんねぇや。
俺と麻倉は適当に言葉を交わしながら学校への道程を辿っていく。
「そいえばさ、お前知ってる?」
下駄箱で靴を履き替えながら麻倉が話しかけてくる。
「何をだよ」
「死体が見つかったって話」
お前は俺のオカンか!と心の中で突っ込む。
「知ってるけどさ、だから何だよ?」
「いや、スゴくね?」
「別に、じゃあ、俺はここで」自分のクラスの前まで来たので、麻倉に別れを告げる。
「おう、じゃな」
麻倉も作業的に別れの挨拶をすると、俺の教室の二つ隣の教室に入っていった。
俺も自分の教室のドアに手を掛けると、ゆっくりと横に開いた。
―――――。
俺は自分の教室を開いた。筈だった。
実際、俺がドアを開いた教室は、俺が通い続けたクラスで間違いはなかったのだが、ここは、違う。
ここは、俺のクラスじゃない。
教室の外からでも聞こえていた喋り声は俺が教室に足を踏み入れた瞬間に消え去り、そこにあったのは、完全な、静寂。
そして、見慣れたクラスメート達から寄越されたのは、刺すような、抉るような、冷え切った視線。
「…おは…よう…?」
肺がつぶれるような重苦しい空気に耐えれなくなり、俺は朝の挨拶を振り撒く。
「………………」
しかし、俺の言葉に耳を傾ける者など誰一人として存在せず、教室は再び静寂に包まれた。
「……………………」
俺は馬鹿みたいにいつまでも教室の入り口に突っ立っている訳にもいかず、俺は周りの視線に耐えながらも、自分の席に向かい、椅子に腰を下ろした。
「――っ!?」
椅子に腰を下ろした瞬間に自分の尻に鋭い痛みを感じ、立ち上がる。
椅子を見てみると、そこには数個の画鋲が針の部分を上にして置かれていた。
「誰だよ」
俺は教室中をぐるりと見渡しながら静かに呟いた。
「………………」
返事は無い。
「お前ら何がしたいんだよ…」
俺は椅子の上の画鋲を払い、溜め息を吐きながら再び椅子に腰を下ろした。
自分の机に目をやると、何やら白い紙が張り付けてあった。その紙には乱雑な赤い文字で、でかでかと
『人殺し』
と書かれていた。
意味が分からない。