宇宙魚の羽休め
初めて手を出すジャンルです。
ある日の事だった。
突如宇宙より飛来した謎の生命体により、人類は一時騒然となった。
「何だアレは!」
「エイリアンの侵略か?」
その生命体の数は、実に一万。
それらは、見た目はヘルメット位の大きさの金魚のような姿をしていた。
色は多種多様で、金魚にはない兎の耳のような触角が生えている。
身一つで泳ぐようにやって来たそれらは、非常に大人しかった。
ヒレをパタつかせながら口をパクパクして、ただ宙を漂う。
さすがに捕獲する際は抵抗を見せたが、むやみに殺されない事が分かると、再び大人しくなった。
出目金らしい丸い目をキョロつかせる姿は、人間を観察しているようにも見える。
多くの研究者や専門家が、議論を続けた。
「凶暴性は? 人間に危害を与えないか」
「病気を持ってたらどうする」
「今後の宇宙進出の足がかりになるのでは」
「気が早い。まずは安全性が第一だ」
驚くべき事に、その生命体には高い知能があった。
半年もすると、彼らは人間の言葉を理解し、中には喋る個体も現れ出したのだ。
「お前達は、何しにこの地球へ来たのかね」
研究者達が口を揃えて問いただすと、彼らもまた口を揃えて答えた。
「理由はない。泳いでいたら、ここに着いた」
長い長い年月をかけて、彼らは宇宙を回遊しているらしい。
果ての無い宇宙について問いただすと、「忘れた。気にしたこともない」と気のない返事しか返ってこない。
渡り鳥が羽を休めるように、彼らは地上に降り立ったのだ。
何匹もの犠牲を払い、五年以上かけてやっと彼らは「おそらく無害だろう」と見なされた。
その更に五年後には、民間人の間でも話題の生物として人気を博す事となる。
彼らはその外見から「宇宙魚」や「ウサギョ」と呼ばれ、各国で愛された。
餌は数ヵ月に一度、水を飲む程度。
排泄もしない。
その手軽さも人気の理由の一つだった。
宇宙魚は動物園や水族館で見せ物になる者、富裕層のペットとして飼われる者、マスコットキャラとして働かされる者など、多様な生活を送りだす。
宇宙魚に人権はない。
それでも彼らは文句一つ言わず、フヨフヨと気ままに浮いている。
たまに愛護団体が、言語を話す彼らの人権を訴えたりもしたが、当の宇宙魚達は無関心を貫いた。
日本でも宇宙魚は大人気だった。
まず外見の愛らしさで女性や子供ウケが良い。
グッズは飛ぶように売れ、ゆるキャラが作られ、流行語大賞には「宇宙魚」「ウサギョ」がノミネートされた。
熱を上げる人間をよそに、彼らはただ静観し、漂う。
ブームは落ちついたり、再燃したりを繰り返す。
それでも彼らは変わらない。
たまに水を飲み、数が減ってきたら繁殖し、また漂う。
宇宙魚が飛来してから何十年も経過した頃、ある日突然、宇宙魚は示し合わせたかのように空へと舞い上がった。
唖然とする人間を置いて、彼らは何の感慨もなく、宇宙の海へと旅立っていく。
また長い年月をかけて、彼らは泳ぐのだろう。
次に地球に戻ってくる日は何年後になるのか、その時に地球はあるのか、誰にも分からない。
宇宙魚もきっと、地球の事など覚えていないだろう。