#4 轢殺牛、《ランナウェイ・カウ》 1
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この世界には、通称ヘレシー症候群と呼ばれる、いわゆる一種の特殊能力を持った人間がいる。特徴としては、性格が穏やか、お人好しなどが挙げられる。
ヘレシー症候群は現在地球上に五十名ほど確認されており、奇妙なことにその多くが日本人の女性である。
なお、ヘレシー症候群に見られる特殊能力は、年齢とともに退化することも分かっており、能力を失ったヘレシー症候群の人々はそのまま死亡することも少なくない。
《光芒少年隊》は、そんなヘレシー症候群の未成年、少年少女を中心とした非営利組織の通称である。
1
『中学二年生の男子生徒をひき、警察に通報せずに逃走した大型トラック。――その行方は、一週間たった今でも判っていません』
毎朝顔馴染み(といっても相手は俺の事なんか知らんだろうが)のニュースキャスターは、今日も例のひき逃げ事件を報道していた。
事件のことを知らない方も多いかと思うので、ここに記しておく。
十月二十六日土曜日、都内交差点付近の道路で、大型トラックとの接触により、中学生の少年が死亡するという痛ましい事件が起こった。少年は歩行者用の路を自転車で通行しており、ガードレールがあったのにもかかわらず、トラックはそれを突き破って少年を死亡させた。
トラックの運転手はまだ捕まっておらず、警察は未だナンバーの特定さえもできていないという。
画面に、事故現場の映像が映し出される。ガードレールは大破し、横には花束が添えてあった。
アスファルトに大きな赤いシミが見え、数秒後にそれが血であることを理解した。
「ま、こういうことで涙を流せるのは、ナギサやシュロムくらいなものだろうな……」
ほとんどの人間は、他人事に同情はするものの、何かをしてやることはほぼない。したとしてもそれはただの野次馬に過ぎない。
そんな悲惨なニュースを流し見しながら、パンを牛乳で喉に流し込んだ。
事件当事者にとって今日はあの日からの一週間ではあるけれど、俺にとってはただの休日だ。
「さて、今日は何をして時間を潰そうか……」
そんなことを呟きながら、朝食の後片付けをしていた、そのとき。
『トゥルルルルル』と、家の電話が鳴った。
「はいはいはい、今出ますよー」
誰に聞こえるわけでもないのに、独り言を言う。俺は受話器を取り、「もしもし」と一言。
『あ、****?』
俺の名前が呼ばれた。
「おう。何だ、ナギサか」
『うん、そう……』
「ん?」
声に妙に元気がなかった。
「大丈夫か?」
『え、何が?』
滞った声に、鼻をすする音。
――泣いてる?
「……で、どうしたんだ」
とりあえず用件を聞くことにした。
『あ、うん。実は……』
告げられたのは、衝撃の事実だった。
2
息を切らせて自転車を飛ばし、昆野川河川敷までやって来た。適当に道の端にチャリを停めると、昆野川を跨ぐ唯一無二の橋、蝶蛾橋の下まで下りていった。
橋の下には錆びたマンホールのような正方形の鉄板がある。鉄板には四角い扉のようなものが付いており、普段は鍵が掛かっていて開かない。どうやら今日は“内側から”ロックされているようだった。
鉄板を拾い上げ、扉をノックする。
「****だ。開けてくれ」
すると無言で『がちゃ』と鍵の開く音がした。ノブをひねり、扉を開ける。鉄板を床に置き、扉の中に両足を踏み入れた。
次の瞬間、扉の向こうで俺は頭から床に倒れ込んでいた。
「まったく、学ばない奴だなぁ……」
頭上でナギサが言う。黙っててくれたまえ。
「どっちも鉄板を地面に置いてるんだから、“あっち”と“こっち”じゃ重力が逆なの。判る?」
「はいはい……」
混乱を避けるため一応明記しておくが、この扉の付いた鉄板はただの扉の付いた鉄板ではない。《テレポート板》というれっきしとた呪術道具だ。ふたつの場所を行き来できる、まぁ、云うならば特定の場所しか行けないどこでもドアみたいなものだ。
ちなみに今いる場所は光芒少年隊の会議室だ。
「それで、リボンで首を吊っていた子っていうのは……この子?」
俺はテーブルの上に横たわった少女を軽く顎で示した。
「そう」
ナギサが頷いた。
「私と同じ学校のクラスメイト。家に行く約束してたからチャイム鳴らしたんだけど、出なくて……。不審に思ったから中に入ってみたら、こんな事に…………」
ナギサは、喋るのが辛そうだった。
「…………………」
その少女は、セーラー服だった。
髪型は肩までのショート。
靴は履いていない。
痩せ型で、同じ黄色人種とは思えないほどの白い肌。
ほのかに赤い唇。
その目元には、かすかに涙の筋が流れていた。
「そのあと、この子――川崎神奈ちゃんっていうんだけど――が、その……亡くなってるのを確認して、朱雀さんに見てもらったの」
「ああ」
横にいた朱雀さんが軽く頷いた。
「死後十二分。ぎりぎりだったよ、蘇生は。――もう少しでこの少女は死んでいた」
「じゃあ、蘇生には成功したってことで、いいんですね?」
朱雀さん。
座敷童のようなおかっぱ頭の少女(の外見をした人間らしき生命体)。俺が光芒少年隊に入る前から在籍しており、その年齢は八百とも千とも云われている。
能力は《修復能》。生き物や人工物から因果の崩壊まで、時計上の十五分以内なら完璧に修復可能というチートな能力だ。
「でも何でこの子は、自殺なんてしたんでしょうか」
訊ねると、ナギサが答えた。
「それはきっと……一週間前の事故が原因だよ」
「事故?」
「うん。――知ってるでしょ?中学生の男の子がトラックにはねられたっていう……」
ナギサが重苦しい口調で言った。
「あの事件の死んだ男の子って、実は神奈ちゃんの彼氏なの」
「…………え」
なんということだ。
今朝あんなにも別世界の出来事のように感じていた事件が、こうも一気に身近になってしまうなんて。
3
そのとき、電話が鳴った。
『東京都の高速道路にナイトムが出現。至急応援を要請する』
それは助けを求めるメンバーからのヘルプだった。
テーブルの上に寝ていた川崎神奈が目を覚ましたように見えたのは、気のせいだろう。
4
酷い有り様だった。
ETCはすでに原形を留めておらず、道路は大渋滞。それもどの車もひとつとして例外なく大破していた。
急なカーブを描く橋からは、脱落した車が山積みになり、目下の東京湾にも何台か自動車が浮かんでいた。
警察や消防が通行止めにしているが、まったくもって意味を成さない。暴走した車たちは、次々とガードの中へ突っ込んでいった。
「憑りつかれてるのか……」
そう。この手の経験を積んだ人間には、一目瞭然だった。
事故を起こした車の運転手たちは皆、自分の意志でハンドルを握っていない。
山積みになった自動車たちもどことない“病み”を放っていた。
そしてその呪いの根源――親玉は……。
「……あれか」
俺は“それ”を上空の積乱雲の上に発見した。
まるでパブロ・ピカソの『雄牛の頭部』のような、自転車のサドルとハンドルで出来たような頭。
前身はきめ細かな金属装置で出来ており、大量のギアやチェーンが見える。
大きさはかなり巨大で、ざっと百メートルはあるだろう。――まぁ、怪異に大きさなど関係ないことは知っているが。
「《轢殺牛》……新種のナイトムだ」
「もしかして……あれって」
恐る恐る呟くと、朱雀さんはあくまで無表情で、
「ああ、あの少年の亡霊だろう」
と。
俺とナギサと朱雀さんが現在いるのは、その高速インターチェンジを見下ろせる、近くのデパートの屋上駐車場。休日なのに駐車している車は見当たらない。すべてランナウェイ・カウに操られて道路に落ちてしまったのだろうか。――そう思って下を覗くと、案の定それらしき頭から地面に突っ込んだ車が何台かあった。
――と、そのとき。
どおおん、と、地響き。
「な、何だ⁉」
土埃が上がり、砂嵐が起こる。瞳を腕で覆いながら、落ちてきた何かの方向を向く。
「だ、大丈夫⁉ スナ……」
ナギサが屋上に落下した何かに駆け寄った。
落ちてきたのは、ナギサと同じ光芒少年隊のメンバーだった。
頭皮から血を流し、左瞼はぴくぴくと痙攣していた。
手にしている得物の弓矢、《生弓矢》も、まるで車輪にひかれたように、ぽっきりと折れ曲がっていた。
「ナギサ……あいつは駄目だ、勝てそうにないよ」
スナは声は血でかすれていた。
彼はナギサの服の裾を掴み、今にも消えそうな息で呼吸した。
「…………****?」
「え?」
「私はあの牛を倒しに行く」
「ちょ、ちょっと待てよ」
俺はもちろん止めた。
「危険だ。シュロムやモイラが来るまで待とう」
「心配は嬉しいけど……大丈夫だって。それに、このままじゃみんな死ぬ」
「…………」
ナギサは、すでに決心が出来ている様子だった。
今更止めても、何にもならない。
「《変身》」
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