#3 うねる黒雲、《レイニー・ホエール》 3
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3
シュロムは、泳いでいた。
――どこを?
もちろん駅構内の地下と地上とを結ぶ階段だ。――なぜ《歩く》ではなく《泳ぐ》なのか。答えは簡単。そこが洪水で水に溢れているからだ。
「潜っていられる時間は約三分……それまでに《アイツ》をおびき寄せないと……」
シュロムは独り言のように呟いた。
やがて改札を越え、平泳ぎの格好で階段を潜っていった。もちろん、駅構内の電気は一つ残らず故障しているし、水も汚く濁っているので視界は最悪だ。シュロムは懐中電灯を手に、冒険を進めた。
暗闇の中を、大理石の壁を頼りに進む。自動販売機やベンチが自分の身体より下にあり、なんだか地球全体が海に沈んでしまったような、恐怖を含む違和感を覚えた。
――と、そのとき。
『ぐぅううううううううううううううう』
「⁉」
シュロムは、戦慄した。
壁が崩れる。
あたりが土埃と気泡に満たされた。
と、同時に聞こえる猛烈な爆音。衝撃で耳の中に水が流れ込んだ。
「な、なんだ⁉」
地面はひび割れ、水圧で安全ドアは火花を上げ、どこかへ吹っ飛んでいった。
シュロムは、振り返った。
そこには、レイニー・ホエールが、いた。
身体がホームに入りきらず、頭だけをトンネルから出していた。
ごつごつとした雲状模様の皮膚。数百メートル代の漆黒のシルエット。黄ばんだ髭。ぎろりとした眼。ヒレが少し羽ばたいただけで、竜巻のような混乱がる。
鼻息が荒く、さっきから背中の鼻孔から泡を噴き出している。
「――て、逃げるわけ……」
シュロムの動きに、迷いはなかった。
彼女は水中ミサイルの勢いで鯨に接近すると、倒れた柱を台にしてジャンプ! その頭上に浮き上がり、鼻孔を目がけてコイルを挿し入れた!
「ねぇだろ!」
「《タケミカヅチ》!」と、シュロムが叫ぶ。すると銅線は目の眩むような閃光を上げ、放電を始めた。
鯨の全身の筋肉が痙攣し、どったんばったんと全身をくねらせる。壁や天井が破壊され、やがてアスファルトや水道管が剥き出しになった。
様々なものの破片が、シュロムを襲う。鯨が必死に自分を殺そうとしているのに、彼女はそれでもコイルを握り続けた。
「ぁぁああああっっ‼‼‼!」
両手の皮膚が、焼け焦げた。水中にいるのだから、シュロム自身も数百ボルトの電流を受けているので、まさに今際の際だ。全身は血まみれだし、コンクリートに押し潰されて、脚は骨が見えかけている。
が、ダメージを受けているのは鯨も同じこと。《レイニー・ホエール》はヒレをばたつかせると、地上に向かって泳いでいった。
それらを見届けたシュロムは、潮渦に巻き込まれながら、満足したように絶命した。
4
アスファルトの地面から、いきなり鯨が飛び出してきた。駆け付けた警官たちが地震現象で一連の大騒動の結論を済ませた、まさにそのときだった。
が、時すでに遅し。無慈悲にも警官たちは、ひとり残らず鯨に押し潰され、死亡した。
「来た……」
屋上から敵を確認したナギサは、待ち構えていたとばかりに十二本の銛を円状に宙に浮かせると、それらすべての矛先を鯨の頭部に定めた。
「《十二本銛》‼‼」
それらの銛は一斉に鯨へと発射され、見事全部の銛が命中した。
『ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
周囲のビルを一気に破壊し、暴れながらも、鯨という《ナイトム》は、この世から姿を消した。
「……ふぅ」
ナギサは胸を撫で下ろした。
「よくやったな」
と、俺はナギサの肩を叩いた。――叩いた瞬間に『セクハラ』という文字が頭に浮かんだが、彼女は「うん、一安心」と極めて友好的な態度だった。
「じゃあ、お願いします、朱雀さん」
俺は背後にいる着物姿の少女(の容姿をした生命体)に声を掛けた。
「随分と仕事を増やしてくれたものだよ」
と、朱雀さんは極めて無機質な声と表情で言った。
「すいません……あの、蘇生は出来るんでしょうか」
「おそらく可能だよ。全員。シュロム君も無事だろう」
「よかった……」
俺は一安心とばかりに溜息をついた。
朱雀さんは薄い朱色の着物の袖から一枚の巻物を取り出した。するとそこに糸のような文字で書いてある呪文を唱え始めた。――すると魔法のように、崩れた建造物や木々は、自ら破片を吸収し元の姿に戻り、倒れ血を流してた人々も元通りに蘇った。
歩道でしばらく気を失っていた群衆たちは、意識を取り戻すと、自分は何をやっているのだろうと、思い出したように歩き出した。他の者もそうである。皆数分前まで怪物がすぐ横にいたことに気がついていない。
「それにしても、一体何であんな怪物が現れたんでしょうか」
修復能を発揮し終えた朱雀さんに、俺は訊ねた。すると彼女は、無表情に答えた。
「あの怪物は、数十年前、工場から排泄されるガスが原因で死亡した近隣住民の漁師の恨みがもとで生まれたものだ。――ここのあたりは工業地域だから、呑気にまだ産業を続けている人間たちに腹が立ったのかもしれない」
「あの消失液って……」
「ああ、あれは多分その死んだ漁師のトラウマが由来しているのだろう……ようは酸性雨だ」
俺は納得すると、再び元に戻った街を見て、何か感慨深いものを感じた。――ような気がした。
これは、彼ら彼女ら《光芒少年隊》のメンバーたちが、人々の概念や激情から生まれる怪物たちとの対決を描く、劇的な悲劇の物語である。
長い序章もこれにて終幕です。お付き合いいただきありがとうございます。
ブクマ有難う御座います!
ま、誰もしないでしょうけど(泣笑)