#2 うねる黒雲、《レイニー・ホエール》 2
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「おぉぉ―――――――――っっ」
ナギサが雄叫びを上げながら、右手に持った白銀の銛、《海三叉》を、地上に目がけて放った。
残像で長さが十倍になるほどの速度で銛は直線を描き、地面に垂直に突き刺さった。
「《聖ネプトゥーヌスのお恵み》」
ビル屋上からナギサが唱えると、銛は一層プラチナの輝きを発揮し、その先端――つまり、アスファルトに突き刺さって埋もれている部分から、水が大量に湧き出てきた。
これが彼女の能力である。
銛から出た湧き水はやがて道路を横断するまでの量に広まっていった。
「シュロム、こっちは完了!」
「おーけー!」
返事をしたのは、ビル建造物の屋上の間を、まるで忍者のように跳躍するシュロム。
「……鯨ね……そういえば、昔弟と見たことあったかな……」
シュロムは、今は亡き弟との回想に思いを馳せた。
「容赦はしないけどな」
シュロムは目つきを鋭くすると、自分の足元――の下の地面――にいるであろう怪物を睨みつけた。
シュロムは一番見晴らしのいい専門学校のビルに両の脚を乗せた。彼女は飛蝗のように跳び続けることはできるが、蜂のように飛び続けることはできないからだ。
「さて……どこで跳ねるか……鯨」
シュロムは独り言のように呟くと、足元数十メートル下で蠢くウィンカーや車載ライトを凝視した。
秋の風が、露出した肌に冷たい。
その日の天気は、曇りだった。
「よし」
と、ナギサは両手を腰に当て、満足気に呟いた。
「これで放水完了」
彼女の放った清水は、ここ一帯の道路に、高さ約二十センチほどに広がっていた。
もちろん、使った銛は一本だけではない。基本的に《海三叉》は消耗品なので、五十本同時に使ったところで、また新しいものが手には握られる、そういう仕組みなのだ。
「しっかし……なかなか姿を現さないな、あの鯨」
俺はわざとナギサに聞こえるような声で言った。
「それな……さっきから全然姿が見当たらないもん」
ナギサも同感の様子。
――と、そのとき。
俺のポケットで『白金ディスコ』が鳴った。
「ん? 電話、鳴ってるよ」
「あ、ああ……今出る」
ナギサに言われ、やむなく俺はスマホを取り出した。もう少し井口様のお声を聞いていたかったが、仕方がない。俺は着信画面を見た。――どうやら《隊》のメンバーからのようだ。
「もしもし」
『大変だ』
携帯越しのノイズがかった声は、明らかに動揺していた。
「どうした?」
『地下鉄のトンネルに鯨が出現したらしい』
「え⁉」
『……で、今、電車が一時休止……わぁあ!』
「おい!どうした!返事をしろ!」
『ゴゴゴゴゴッグ――――――――――ァンッツ』
何かが、崩れるような音。
メンバーの声は聞こえなくなり、やがて接続も切断された。
――まさか……あの化物に襲われたのか⁉
背筋が凍る。
「ど、どうしたの?」
ナギサも何かを察したらしく、その声は不安げだった。
「地下鉄に鯨が入り込んだらしい」
「ま、まさか……」
「ああ……俺たちの気配を察して、地下で空気のある場所を探し出したらしい」
「そ……そんな」
沈黙。
――くそ……このまま逃げられて終わりか。
何とかしなければ。
「どうする? ……まずいかもしれないよ」
「ああ、判ってる」
俺は頭の中でナギサの言う『まずい』の意味を反芻した。
犠牲者。標的に移動されてしまっては、蘇生どころか、追いつくことさえできない。
――なんとしてでも……。
何かないか。
そのとき。
俺は何となく、屋上の柵に寄りかかり、半水害状態になった地上を見下ろし――――
た、はずだった。
「ん⁉」
さっきあれほど地面に溜まっていた水が、ほとんど皆無の状態になっていた。
視線を横にずらし、納得がいった。
地下鉄の駅へ向かう階段の入り口で、水が渦を巻いて流れていた。
――地下……か。
俺はスマホを取り出し、シュロムの番号へ掛けた。
しばらくの呼び出し音の末、ジュロムが出た。
『もしもし、何だ。今は張り込み中だぞ』
「ああ、悪い――なぁシュロム」
『ん?』
電話の向こうで、風の音に混じって、シュロムの首を傾げる気配を感じた。
「場所を移動してくれ」
『え⁉』
「頼む。命令だ」
『……いったいなんで。何があったんだ?』
「説明は後だ。とにかく、従ってくれ」
『…………判った』
シュロムは、渋々ながら用件を呑んでくれた。
『それで、場所は? いったいどこだ?』
「ああ、それはだな……地下鉄」
『え?』
地下鉄のホームに、雷を落としてくれ。
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