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目をゆっくり開くと狼と対峙し睨みつける。
狼はじりっと、一歩前へ余波達との距離を縮める。
余波達はこわごわ後ろへさがる。
狼は唸りをあげ威嚇し、今や飛びかからんとする。
その刹那、十六夜は彼らの正面まで来ると、ゆっくりと両手を広げ、狼を制する。
「あっちへ行きなさい」
威厳に満ちた声で十六夜は言ったつもりだが、声はうわずって高揚していた。
それでも、多少効果はあったのか、狼は一度、首を傾げると唸り声を止めた。
「そうだ!あっちへ行け、化け物」
年長者の背後から、余波は叫んだ。
狼はその声に緩めた警戒をいっそう強め、より重く低い唸り声をあげる。
十六夜はちらっと振り返ると、余波を恨めしそうに見た。
毛を逆立てて、今にも襲いかかろうとする狼に十六夜は、
「落ち着いて、ねっ」
ぎこちない笑顔で懇願する。
今度はうまくいくはずもなく、狼はかっと牙をむいて威嚇した。
「ああ」
十六夜は諦めのような声をあげて、両手をだらりとさげ、うな垂れる。
狼は舌なめずりをし、前足で土を蹴ると上半身を後ろへ引き、後ろの両足でバネのように高く舞い上がり、彼女へと襲いかかる。
十六夜はその瞬間を見逃さず、中腰になり反動をつけ、上空にある狼の下腹部めがけ肩から身体ごとぶつかった。
予想外の反撃に狼は悲鳴に似た鳴き声をあげ、地面すれすれのところで横反転して着地する。
彼女は、決死の捨て身の体当たりに、受け身をとる間もなく、仰向けに地面に激突する。
狼は態勢を整えると、目を血走らせて再び彼女へ襲いかかろうとする。
身体を起こす十六夜の目に狼の姿が映る。
(・・・もう、駄目だ)
観念し、彼女は目を閉じた。
狼の動きが目の前で止まっている。
恐る恐る十六夜は目を開いた。
そこには、狼の横腹に剣を突き刺し、なお深く食い込ませようとしている
余波がいた。
我が目を疑う十六夜だが、彼は必死の形相で狼に抗っている。
一瞬の出来事、しかしそれは彼女には長く静止しているように感じられた。
次の瞬間、狼が激怒の様相へと変わり、激しく前進を震わすと、余波は鉄剣ごと振り飛ばされた。
もんどりうって倒れた余波の傍らに、鉄剣が地に突き刺さる。




