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その場は、余波が恐怖に打ち震えた瞬間であった。
余波の受けた衝撃が、十六夜の目にも映る。
巨大な狼が、男の命を奪いつくし貪っている。
しかも首元には探し求める鏡片が光っている。
十六夜は男の変わり果てた姿に、言葉もでず驚き恐怖し身体が硬直する。
年長者と男は十六夜に気づいた。
が、狼の赤く血走る眼に、射すくめられた余波は彼女が追いついたことに気づいていない。
狼は鼻先についた男の血を舐めると、十六夜達の前にゆっくりと進み、男の死骸を降ろす。
威嚇するように周りの人間たちを睨み、再び死骸と化した男の出血が激しい首筋の傷口を何度もぴちゃぴちゃと舐める。
「うっわわわ」
狼との視線が逸れたので、金縛り状態から解けた余波は、腰砕けとなりへたり込む。
その音に狼は一歩後ずさると、耳、尻尾を立て鼻に皴を寄せ、毛を逆立てて唸り声をあげ人間達を威嚇する。
余波は気が遠くなりそうになる。
立つことも出来ずに、みっともなく両手、両足をバタつかせる。
そんな彼を年長者と男が抱え起こす。
十六夜はなんとかしなければと、頭の中で考えるが、恐怖を前にして全く何も考えが浮かばない。
そうして・・・。
(そうか!彌眞達が来れば・・・)
と思いつく。
そして、そうする為には、
(わずかでいい。時間をつくるしかない)
と、決心すると、拳を固め、胸に収まっている鏡片に手を当てて目を閉じる。




