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「お待ちなさい」
凛とした声が響く。
その声に兵士達は時が止まったかのように動作を止める。
彌眞達は声の主を見る。
黒い髪に所々白い髪が見える中年の女性であった。
三人はその姿から、この女性が余波の母親であることが一目で分かった。
彼とよく似て、肌は青白く病弱そうに見えるが、深く刻まれた皴に、人を惹きつける瞳には威厳がこめられている。
「・・・母上」
余波は母の姿を見るなり、さきほどまでの威勢は消え失せ、怯えた表情を見せると、年長者の後ろに隠れようと回り込む。
「情けない」
母はそう言い放つと、つかつかと歩き、隠れているつもりの余波の元まで行く。
「いい加減にしなさい!あなたはそれでも偉大なる弥奴国王の息子なのですか!」
彼は母の怒りの声にびくりと身をすくめ、年長者の背中に顔を埋め、耳を両手で塞いでいる。
「・・・・・・」
母は表情を曇らせ、黙り込むと大きな溜息をつく。
だが、周りを見て自分を戒めると、心を鬼にしてこの惨状をおさめようとする。
「余波!こちらをお向きなさい!」
母の大音声に、余波は震えながら、一歩前に進み直立不動となる。
が、視線は母から逸らし俯いている。
「余波、私の目を見なさい」
「・・・・・・」
「余波」
「・・・・・・・・・」
余波は俯いたまま動こうとはしない。
「余波!」
業を煮やした母は再び叫ぶと、余波は涙をこぼす。
「ああ」
呟きとも溜息ともとれる声を母は漏らすと、余波を抱きしめた。
彼は安堵したのか、母の胸で泣き崩れる。
呆然と呆気にとられる彌眞達と、失望の色が隠せない兵士達が母子を見つめている。
母も俯き、顔を真っ赤にして恥ずかしさに耐えていた。
(泣きたいのは息子でなく、母の方だ)
母でもある采乎は苦々し気に心の中で思う。
母は余波を抱きしめたまま、顔を上げると、
「お前たち、もう下がってよい」
母の声には、様々な感情が込められていた。
兵士達は母に一礼すると次々と退出していく。
最後に残った年長者は、顔をくしゃくしゃにしながら申し訳なさそうに、慇懃に頭を下げその場を後にした。
部屋には母子と三人だけ残され、気まずい空気が支配する。
重い静寂がなお続くかに思えたが、余波の母から、
「息子・・・王はこんな状態ですので、しばらくお待ちください」
母はそう言い残し、余波を促し部屋を出て行った。
三人はぽつんと取り残されると、互いの顔を見合わせ、あっという間に過ぎ去った喧騒にぼんやり立ち尽くす。




