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「でも無事で良かった」
「ご迷惑おかけしました」
「もう。いいですよ・・・でも」
彌眞は引っかかるものを感じていた。
「何か」
十六夜は訝し気に尋ねる。
「王は何故、鏡片のことを偽っていたのでしょうか」
「それは・・・そうですね」
(どう考えても鏡片を隠すことの必要はない。邪馬台国の連合国である蘇奴国が、正規の使者である自分達に偽っても、なんの得にもならない。しかもこの重大事・・・)
理由が分からない。彌眞は思考を続ける。
(だけど、あの時の表情・・・)
彌眞は考えを巡らす。
遠くから声が聞こえた。
集中するあまり、十六夜の声がよく聞こえない。曖昧に、
「はい」
と、返事をする。
「私、思うのですけど・・・」
十六夜に躊躇いがみられる。
「どうぞ、話してください」
彌眞は続きを促した。
「まさかと思うのですが、王は邪馬台国に弓を引くつもりでは」
彼女は呟くように言った。
「・・・・・・」
彌眞もそう思わないこともなかった。
だが、彼は邪馬台国連合が一枚岩であると信じて疑いもしていない。
クニグニすべての者が卑弥呼を崇拝し、その力のもとに一致団結しているという思想を彼は持っている。
しかし、確かに危惧するべきことはある。身近に感じる狗奴国の脅威、老齢である卑弥呼の神託の衰え等、脅威は思いのほかある。
たが、蘇奴国が裏切るなど彌眞は信じたくはない。
(あの時、見せた。王の憎しみに満ちた瞳。十六夜もあの時、尋常でない王の姿にそう思ったのだろう)
彌眞はようやく絞り出すように言葉を発した。
「まさか・・・」
その言葉はあまりに小さく十六夜の耳には届かなかった。




