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壱与~太古秘史伝~一、刹那の風 二、継承

 少女は深淵とする森の中を駆けていた。

 彼女は森のすべてを知るかのように、軽々と道なき闇を無我夢中に走り抜ける。

 その顔には笑みがこぼれ、少女の瞳はきらめくばかりの輝きが、その身体中には活力がみなぎっている。

 彼女の姿はやがて、森のさらに奥へと吸い込まれて行った。


 一、刹那の風

 森の静謐が神殿を包み込んでいる。今は日中の時間だが、深い森がそれを覆い隠し夜と変わらない景色をつくり出している。

 ただ闇の中でも、不思議と恐怖は感じない。むしろ心が落ち着く。森とはそういう処なのか、日に焼けた少年の成長期過程の身体に驚き、あどけなさの残る顔の彌眞がそこにいる。

 彼は、大きく森の空気を吸い込む。不思議と元気が湧いてくる。ようやくたどり着いたこの場所。

 意を決して、木製の鴉が来る者を拒むように睨みつけ見守る神殿の門をくぐった。

 瞬間、外界の眩い光が飛び込んできた。切り開かれた神殿内は陽光が差し込んでいる。

 彌眞は目が慣れてくると、薄目から目を開いた。彼は周りを見渡した。眼前にそびえたつ神殿は巨大そのものだ。

 すうと息を吸い、柏手を二度打つ。静寂の森に手を叩く音が響き渡ると、そこに潜んでいた無数の鳥たちが激しいいいななきを発し、羽ばたいていく。しばしのけたたましさが過ぎ去ると森には静けさが戻った。

 彌眞は辺りを見渡す。入口らしきものを見つめるが、人が出て来る気配はなかった。もう一度と彼が柏手を打とうとした瞬間、神殿から人影が現れた。

 人影は彌眞の傍らまで近づくと、いきなり分かれて彼を取り囲んだ。一人に見えた人影は一列に並んだ背格好が同じ一団だった。

 彌眞はその異様さにたじろぐが、落ち着きを払いゆっくりと口上を伝える。

「私は伊都国の使者、彌眞、重要な要件があって参りました。女王様にお目通りしたい」

 一団に反応はない。明らかな敵対心を感じる。今にも飛びかかりそうな面々に彼はたじろぐ事もなく、ゆっくりと一団を見渡した。

 すると、全員が女性であり、その姿から巫女だと分かった。

 彌眞はその中で一番の最年長であろう女性をじっと見つめる。一団の中心人物とにらんだからだ。

 老婆はうつむいていたが、ゆっくり困惑した表情を見せ、彌眞と対峙した。

 しばらく二人の睨み合いが続いた。

 そんな緊張の最中、隣の少女が呆れ顔で声をかける。

「あなた、人見る目ないね」

 彌眞は即座に自分の判断が間違っていたことに気づいた。この少女が一団の長なのか、焦る自らの心を抑え、ゆっくりと少女を見つめる。

 見れば年は十四・十五にしか見えない。

 そして、少女は一瞬見せた彌眞の動揺を見逃さない。

「なんだ、子どもってと思ったでしょう」

 彌眞は図星でぎくりとするが、

「申し訳ない。なにぶん世俗の者で神に仕える方々の事を良くは知りません。風聞では我が主国邪馬台国の女王卑弥呼様は、幼き頃から神の御子となり政道を司ったと聞きます。私は風聞でしか分からないので、神道には疎い。とにかくすいません」

 彼は一礼し詫びた。

 少女はその返答に満足し頷く。が、生来のいたずら心があらわれ、ひとつこの男を脅かしてみようと思った。少女はそう決めると心の中でニヤリと笑った。表情を一変させ、顔を曇らせ憤慨したかのように怒りだす。

「彌眞とやら、私の事はいい。だが、男子禁制の聖地に足を踏み込んだのは許せません。みんな!」

 少女はすっと右手をあげ一団に攻撃の準備を促す。

 彌眞は丸腰だ。森に入る前にこのクニの兵士から己の武器を取り上げられたのだ。彼は身じろぎもせず、堂々たる態度で少女を見つめる。

 長い対峙が続いた。動じない彌眞に脅かすだけのつもりだった少女は逆に引くに退けない状況へとなっていく。

「こやつ・・・」 

 少女の余裕がなくなり、彌眞の優位へと変わった。

 形勢逆転の状況に彌眞は不覚にも薄ら笑みを浮かべてしまった。

 少女はまたそれを見逃さなかった。子どもだと侮られかと思ったのだ。たとえ彌眞がそう思っていなくとも、今まで立場上巫女として背伸びをしてきた彼女にとって耐えがたい笑いであった。

 気づけば、少女の右手は振り下ろされていた。

 一斉に彌眞に襲いかかる巫女たち、数人は木の棒を持っており、容赦なく彼を殴打する。弁明する間もなく袋叩きにされた。彼は一切手をあげず、なすがままに殴られ続けた。

 反抗しない彌眞に対し、怒りのまなざしで見つめていた少女は、次第に冷静さを取り戻し、正規の使者(彌眞の態度や身なりから察していた)を暴行するという事の重大さに気づいた。慌てて巫女達の暴挙を止めさせた。

 彼女はうずくまり丸くなっている彌眞の前まで行くと、

「なぜなの・・・」

 顔は背けながら彌眞に尋ねる。彼はゆっくりと立ち上がり埃を払うとわなわなと拳を震わせた。

「女・・・の方にここまでの仕打ちをされた事は一度もないが、まずは無礼をした事、許されよ。私もまだ若く至らない。怒りに任せてしまうところだった先程のあなたのように」

 彌眞はただ少女の眼一点を怒りに震える瞳で睨む。不遜な態度に巫女達は再び身構える。しかし少女はそれを制す。彼女は冷静さの戻った静かな瞳で彌眞を睨み返す。

「彌眞殿、使者であるそなたにこちらも無礼したこと申し訳ない。だが、非はそちらにもある」

「分かっています。だからこそ一切の手出しせず・・・反省もしています」

「ほう。では何を後悔していると」

「それはあなたも認識されている。若さゆえの軽率さか・・・私もそうだから」

「それでは彌眞殿は」

「私は十五になります。まだまだ若輩者です」

「私は十四になります」

 少女は呟き、しばらくして納得したのか誰にするのでもなく頷いた。それから彌眞に深々と頭を下げ、こちらの非礼を詫びた。巫女達はその態度に戸惑い、彌眞はこれまでの事がなかったかのような、優しい微笑みを見せた。

「それでは使者としての役目、改めて果たすとしましょう。私の名は彌眞。伊都国より使者として訪れた者です。ではあなた様の名を」

「私は十六夜」

 十六夜ははにかんだように答えた。

 彌眞は満足そうに頷くと、

「では、十六夜様、女王様にお目通りをお願いします」

 十六夜は恥ずかしながら、こくりと頷いた。

 その刹那、一陣の風が森中の突き抜け、龍が如く天に舞い昇った。


二、継承









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