皇帝初心者とうさみ 23
まずそもそもとして、地力では月面帝国ルナパラウサが勝っている。
この襲撃の直前に起きた一連の事件は確かに不安要素である。
だが、それを差っ引いても、覆るほどではない。
なのでうさみの参戦も、途中で気持ち悪くなったことも、「狼が撃退される」という結果には寄与していない。
そもそも、狼もウサギさんも、地上(の同族)を護(り繁栄させ)るという戦略をとっているわけであり、そこだけ見れば月で争う必要はないのだ。
ウサギさんにとって狼は外敵に対する壁になる。
狼にとってウサギさんは補給元になる。
協力することすらできそうではないか。
しかし現実にはできていない。
それは両者のアイデンティティに関わることだ。
肉食獣と草食獣の生存競争。
狼もウサギさんも、(地上の)同族を(護り)繁栄させるという戦略をとっている。
狼がウサギさんを餌として見ている限り、両者の和解は遠い。少なくともうさみは見たことがない。
遠いだけでありえない未来ではないのかもしれない。しかし、うさみは見たことがない。
ウサギさんが強くなれば、ウサギさんと争う狼もまた追いかけるように強くなる。
ウサギさんが逃げ隠れすることでレベルアップするように、狼もまた、その在り方によってレベルアップするのだ。
長期的に見れば、両者が争い続けレベルを上げ続ける……そうやって戦力を上げ続ける方が、結果的に地上を護ることにつながる。
という名目もある。
だが、結局のところ、うさみはウサギさんが好きで狼が苦手なのだ。
犬っぽいから。狼のひとを犬扱いすると怒られるけども。
それがまず最大の理由である。
次点で、どっちでも大差ないから現状維持でいいじゃんという理由。
狼よりはるかに強くてウサギさんの隠蔽がまるで効かない敵が両者を合わせたよりけた違いに多い数をそろえてやってきたらどうしようもない。
そんな未来もある。
とはいえ、狼より弱かったりウサギさんの隠ぺいが有効だったり数が少なかったりするならば。
そして、そんなことはよくある。
うさみがウサギさんをかわいがり強くなる方法を仕込むのはウサギさんを強くすることで月のウサギさんを強化し併せてウサギさんを狙う狼を間接的に強化し月喰らいの狼をも強くするさらに月のウサギさんも直接強化して地上のウサギさんと月喰らいの狼を間接的に強化して。
と、廻り廻って巡り巡って。
世界を護るため。
なのであった。
でもまあ滅ぶのだけれど。
余談が長くなったが、結局のところ月面帝国の防衛は大きな問題もなく完了した。
お餅層は何か所も突破され、月面までたどり着かれた艦載メカ狼から展開した星狼たちにも手を焼かされた。
月面帝国の領域外、月の海に落ちていったものもあったが、あれはまあ大体カニとカエルの餌食だからと気にされていない。
満月結界に大いに戸惑っていた狼たちが超越級巨大星海戦艦大古狼の咆哮砲で結界の月ごと吹き飛ばしたことも想定の範囲内である。
ウサギさんにも相応に被害は出たしお餅層はたくさん持っていかれたが、最終的に狼たちは撤退していったし緊急用のお餅によるお餅層の補修も無事に終わっている。
うさみの参戦により大きく被害は減った。
その上で、想定通りに狼を撃退した。
満月結界が派手なパフォーマンスだったこともあり、ウサギさんたちは大いに感謝していた。
うさみが鍛えた二十四の精鋭部隊も大活躍した。
皇帝真ウーサー六万五千五百三十五世陛下に満月結界とウサギさんの鍛え方を教える約束もした。
イレギュラーはあったが、最終的にはいつも通りに落ち着いた。
いや、正確にはイレギュラーではなくミステイク。
うさみの失敗である、とうさみは考えていた。
だけれども、最終的にはいつも通り。
いや、失敗を正当化しようというわけではない。
ただ、一生を繰り返す自分のことを思ったのだ。
世界は滅ぶ。
今生までの繰り返しにおいて、滅ばなかったことはない。
時期の前後、原因、過程、様々にあるが、最終的にはいつも通り。
久方ぶりに徒労感を思い出す。
同時に思うのは、結果が同じなら過程もどうなっても同じだろうかということ。
何をやっても無駄、どうしようもない。そんな気持ち。
やりたいことを、やれることをやろう。そんな気持ち。
何度も生きていると開き直っているような気分になるが、たまにこうしてふと思い出すのである。
世界が滅んでもうさみは終わらない。
死ねば始まりの時間、始まりの場所へ戻ってしまう。
そういうことを思い出すと、なんだかあまりよくない感情がちくちくとうさみを突っついてくるように感じるのだ。
不安とか苛立ちとか寂しさとか無力感とか後悔とか。とかとか。
そういうものを乗り越えてきたのか目をそらしてきたのか、うさみは自分では判断できなかった。
ただ、改めて思うのはあんまり前のことばかり意識してたらいけないなということ。
今回の失敗もそれが原因だったことだし。
(あーーーーーーーーーーー! もう! うん! よし!)
うさみは心の中で叫んで気持ちを切り替えた。
それから戦勝に沸くウサギさんたちに混じることにしたのだった。焼き餅食べたい。
そんな様子を、その大きさゆえに視点が一番高いところにある真ウーサー六万五千五百三十五世が見ていた。