皇帝初心者とうさみ 22
超越級巨大星海戦艦大古狼は今回月を襲っている狼の群れの旗艦であり、巨大な漆黒の狼を模した形状をしている。
月面から見ると上空の半分を埋めるような大きさに見える。実際にどれほどのものかはスケールが違い過ぎてよくわからない。
そしてその全身からシラミか何かのように無数に飛び出してくるのが艦載機であり、これが戦闘の主力となるものだ。
そいつらがてんでバラバラに月面上空に散開し、各々が上空のお餅層に突っ込んだ。
「うわあ。お餅食べてる」
うさみは目の上に手を当ててその様子を眺めていた。
狼型の機体がお餅を前部、口に相当する部分から取り込んでいる。
ここんとこウサギさんたちが頑張って貼り付けていたやつである。
中にはぺったり張り付いて動けなくなっているおまぬけさんもいるが、お餅層を喰らう狼はどんどん増えていった。
ぷ。『あれだけ持って帰ってくれれば楽でいいのに』
うさみの近くのウサギさんがつぶやく。
お餅層は狼の襲撃に対抗する狙いもあるのだという。
狼たちの目的は略奪……補給であるので、狼たちが必要とするものを使って防壁とすることで、より大きな被害を抑止するというダメージコントロール。
過去に襲撃してきた狼たちが、ウサギさんがついていたお餅を持って帰ったことから発想された防衛作戦であるとか。
初めて聞いた時うさみはなんでやねんとツッコんだが、もう慣れた。
「んー、そろそろかな?」
ずっと観察していると、お餅が徐々に薄くなってきている部分が見えてくる。
ウサギさんたちもそんなポイントを注視しているようで。
大勢集まって各自体の周りを浮いている棒の先端を向けていた。
間もなくお餅に穴が開く。
四……
三……
二……
一……
ゼロ。
お餅の穴から跳び込んでくる十メートル規模の艦載機、メカ狼。
一番乗りのその個体に一斉にウサギさんたちが光線を発射する。
光線に反応するように光の壁のようなものが発生するが、瞬時に破られ、メカ狼は機能を停止した。
しかし。
先陣を切った個体を盾に、次々とメカ狼がなだれ込んで――。
「【満月結界】」
そこでうさみが結界を展開した。
周囲が夜に塗り替わる。
続いて、うさみの周囲に展開した二十四のウサギさんたちが各自担当するうさみから伝授された魔法を使う。
それは“ウサギ”を強化する付与効果。二十四通りの強化魔法は満月結界を通じて範囲内のすべてのウサギさんに付与される。
わかりやすい効果としては、ウサギさんたちは放つ光線が一段と輝きとその太さを増していく。
さらに。
上空に現れた月が、狼たちを混乱させた。
月の存在によって力を増すのはウサギさんも狼も一緒である。
だからこそ、月に住まい、あるいは月を喰らおうとする……いやこれは鶏と卵問題同様逆であるのかもしれず、それは証明不能である。
月に住まい、月を喰らうからこそ月によって力づけられるのかもしれないのだ。
さて。
共に月にちなむ両者だが、しかしながら一つの大きな違いがある。
いや一つどころかたくさんあるが、満月結界の効果を受けた、その反応という視点でのことだ。
それはつまり、月に住まう者かどうか。
月面に住まうウサギさんには、上空に月があるという事態は異常である。
うさぎさんにとっては月とは本来足元にあるものだからだ。
逆に言えば上空になんか出てもそんな気にならない。
むしろ襲い掛かってくる戦艦と狼の方が問題なので。
目的が防衛であるということもまた、異常に対する耐性となる。
上空がどうなろうが、持ち場を守ればそれでいいからだ。
一方狼にとって、月は略奪の対象だ。
目標であり向かう先である。
月に行って喰らう。
それが正しい姿。
その月が。行き先が。もう一個現れたのである。
目の前においしいご飯がもうひとつ。
どっちから食べようか迷っちゃうわ。
はじめ最初に突破された地点周辺に展開していた結界は、戦闘で発生する浮動魔力を取り込み爆発的に拡大していく。
ウサギさんは総力をもって。
狼も久方ぶりのごちそうに大張り切りで。
戦闘の進行とともに結界内に存分に魔力を充満させていったからだ。
その結果、月の結界は月の表面積の半分を飲み込み、超越級巨大星海戦艦大古狼をも内部に取り込んだ。
狼たちは二つの月に目を奪われ、ウサギさんたちは一生懸命戦った。
さらにウサギさんへの二十四の支援魔法。
最近盛り返してきたなあ、程度の狼の戦力では、この度一回りも二回りも飛躍したウサギさんたちの戦力の増加にかなわないのが道理。
戦局は一気にウサギさん側有利に傾いた。
そんな中うさみは。
「うっぷ。きもちわるい……」
狼を自身が掌握する結界内に取り入れたことで気持ち悪くなっていた。
だって狼って犬に似てるんだもの。
うさみは犬が苦手。
こうなるのも道理。
とはいえ戦局に影響するほどのことはなかった。