皇帝初心者とうさみ 21
真ウーサー六万五千五百三十五世がうさみと謁見している最中、帝国中に警報が鳴り響いた。
『これは……!』
難しい顔でうなる真ウーサー六万五千五百三十五世。
「げげげ」
うさみはげげげと顔をひきつらせた。
何が起きたか知っている。ただ覚えていなかったので気にしていなかっただけだ。
「狼……!」
『総員第一種戦闘配置! 狼が来たぞ!』
くそう、こんな時に。
真ウーサー六万五千五百三十五世は全帝国臣民へ通達してから歯噛みした。
ようやく厄介ごとが解決したかと思ったら。
確かに奴らは満月を狙ってやってくる。
しかし必ずというわけではないというのに。
真ウーサー六万五千五百三十五世が使者に目をやると、おびえた表情で視線を泳がせていた。
帰らせるか。
緊急時、危地である。転送装置で地上へ返すのが一番安全だろう。
『使者よ。これより鉄火場に入る。地上へ戻られよ。ここに返書を用意してある故』
それを受けてうさみは、探索部隊をちらりと見てから。
「あーその、せっかくだから手伝っていきますよ」
と答えた。
眉がへの字になってどこか気弱そうなその姿を見た真ウーサー六万五千五百三十五世は、大丈夫かしらんと不安を抱いた。
□■ □■ □■
遥かな昔。
ウサギさんは星海を渡りこの世界へやってきた。
ウサギさんたちは、辿り着いた新天地を護るため、月に基地を建設。
これを最終防衛線としてこの世界を隠蔽するための結界を張った。
地上での同族の繁栄と月面の防衛任務を両立するため、二つの帝国を作り上げ、両者を魔法的に同調させた。
地上が滅ばない限り、月面の防護が消えないようにするために。
一方で、同じようにこの世界へやってきたものがいた。
狼。
狼たちは、辿り着いた新天地を護るため、月を、そして太陽を喰らい力として外敵を撃退する道を選んだ。
地上での同族の繁栄と、外敵の迎撃任務を両立するため、二つの諸部族同盟を作り上げ、両者を魔法的に同調させた。
地上が滅ばない限り、撃退用の戦力が消えないようにするために。
ウサギさんと狼。
二つの勢力はそれぞれに、地上に根付いた同族を護るための方策を打ち立て実行していた。
月を見て跳ねるウサギさん。
月を見て吼える狼。
それぞれに意味があったのだ。
そして、似た目的を持っているにもかかわらず、両者は対立していた。
それは手段の違いと言えるかもしれない。
しかしそれ以前に、捕食者と被捕食者という立場の差もあった。
狼はウサギさんを喰らう。そして月をも喰らう。
月面帝国の隠蔽は、もともとの位置を知っている狼にはあまり効果的ではなく、特に満月になると時折捕捉され襲撃を受ける。
これに対抗するため、ウサギたちは武器を生みだし、お餅をついた。
ただここ数百年、なぜか地上のウサギさんの勢力が強くなっており、その影響を受けて月面帝国のウサギさんたちも力を増していた。
狼との力の均衡が傾きつつあり、月のウサギさんたちは最盛期と言える時代を謳歌していた。
のだが。
近年対抗するように狼側も勢力を増してきたのである。
気の遠くなるほどの年月を敵として過ごしてきた相手であるので、一方が強まれば、時を置いてもう一方も対抗する、ということはありうる。
それが極近年のことで、皇帝の代替わりもまたその影響であった。
「なるほどねー」
うさみは、移動しながらそのような歴史の話を聞いていた。
この後のことに関わるからである。
もちろんうさみはこの辺りの事情は既知であったが、知らなかった風を装った。
「つまりたまにやってきて、略奪していくわけだね」
ぷ。『連中も、これさえなければ勝手にやってろって放置するんですがね』
探索部隊の隊長だったウサギさんとお話ししつつ、通路を抜けて月面に出る。
上空を見上げるとお餅が一面に張り付けられており。
さらにその向こう。
巨大な構造物が、地上との間に出現していた。
超越級巨大星海戦艦大古狼。
星狼の群れ、その旗艦。
巨大な艦の各所から、鋭角的なフォルムの艦載機が無数に展開しつつあった。
「それじゃあ、はじめようか」