皇帝初心者とうさみ 20
捜索部隊が消息を絶った。
月面帝国ルナパラウサの最精鋭といえる彼らが行方不明になったというのは極めて重大な事態である。
続けて、月の海を中心に謎の空間が発生したとの報告が入る。
月は昼夜が長く、月面帝国では一日を地上時間(と伝えられている)を基準に計上されていて、その場所は昼になって数日ばかりの場所だった。
謎の空間は、夜を模したものだと思われる闇の空間だ。
そして内部には輝く球体が浮いており、観察の結果月面の地形に酷似した外観であることがわかった。
月ウサギにとっては闇はさしたる障害ではない。
約十四日続く夜に適応済みなのである。
ただ、捜索部隊が消息を絶ったと思われる地点にほど近く。
これを無関係と考えるようでは想像力が足りないと思われるだろう。
二次遭難を避けるべく遠距離からの観察にとどめるか。
異常事態を軽視せず要員を内部へ送り込むか。
即位早々問題が続く。
真ウーサー六万五千五百三十五世は周りに気取られぬよう尻尾を下げた。
弱気な態度をとっていては皇帝としての資質を問われる。
だが強気で常に全振りできるほどの余力はないし、施策が失敗続きでもやはり資質に疑問を持たれることだろう。
現状――あの使者の他種族が来てから――の一連の動きはうまくいっていない。
とはいえ。
ここまであからさまな異常事態を放置することだけはあり得ない。
こういった場合にこそ頼れる精鋭が行方不明であることが、また皮肉であるが。
真ウーサー六万五千五百三十五世は新たに要員を抽出する指示を出した。
しかし、結果としてその決断は無為に終わる。
捜索部隊と連絡が取れたのだ。
全員無事。捜索対象と合流済み。
あれから何度か出没している謎の空間は、捜索対象の使う魔法によるものであり、危険性は今のところないこと。
帰還の期日。
『遅くとも満月までに帰還できそうです』『うわーうさ六号ー!?』『グワー!?』
『即座の帰還は不可能か? あと後ろの悲鳴は何か』
『難しいかと。それと、後ろは大丈夫です』『ぴょん五号ぉぉぉぉ!』『ぎゃーん』
『……そうか。ともかく、陛下も帰還をお待ちだ』
『は。土産を持って帰りますよ』『うさ四号が飲み込まれた!』『救出! 救出を!』
このような通信が入ってから、日ごとに明滅した謎の空間が完全に焼失したのは満月の前日であり。
捜索部隊が帰還したのはそのさらに翌日であった。
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月面帝国ルナパラウサ。謁見の間。
最低限の要員と、捜索部隊に囲まれる中。
真ウーサー六万五千五百三十五世とうさみが二度目の対面を果たしていた。
両者ともに微妙に目を合わせず、気まずそうに視界の隅で相手を見ていた。
かたや重要な関係のある地下帝国パラウサからの国交復活の申し出を携えた使者を攻撃してしまい、結果的に危険地帯へ送り込むことになった。
かたや余計な警戒心を抱かせお土産の野菜をばらまき行方不明になって捜索部隊に危険を冒させることになった。
お互いに負い目を感じており、ついつい態度に出てしまっていたのである。
これがベテランの皇帝であれば、自身の感情を表に出さず、やるべきことを完ぺきにこなしていたことだろう。
しかし真ウーサー六万五千五百三十五世は皇帝になりたて、いわば初心者であった。
それでも即位直後に起きた難局をひとまず乗り越えつつあることで、臣下からはまあまあやるじゃんと評価を受けていたのだが、真ウーサー六万五千五百三十五世はそれを知らない。
一方うさみはまあ、うさみなので。
自分がやらかした自覚があるときは面の皮が薄くなるのだ。
そうしてちらちらとお互いをうかがい合っていたいると、真ウーサー六万五千五百三十五世の側近の一人がしびれを切らしたか、床を足でたたいた。
たしたし。(陛下?)
なに固まってるんですか早く進めましょうよと催促されて、真ウーサー六万五千五百三十五世は覚悟を決めた。
『地下帝国パラウサの使者よ、よくぞ来た。先だっては不幸な行き違いがあったが、こうして再びまみえたことをうれしく思う』
真ウーサー六万五千五百三十五世は謁見の間の機能を介して統一言語で語りかける。
するとうさみがほっと息をついて応えた。
「はい! 不幸な行き違いでした! こうして無事お会いできましたし、我々の未来にに過去の不運は影を落とさないでしょう」
なかったことにしうようぜ。
そうしましょうそうしましょう。
両者の思惑は一致した。
真ウーサー六万五千五百三十五世とうさみは正面から目を合わせてにこりと笑い合った。
「えへへ」
ふよん。
そして。
ぷぷぷぷぷ。ぷぷぷぷぷぷぷ。ぷぷぷぷぷ。
鋭い警報が謁見の間、いや帝国中に鳴り響いた。