使い魔?うさみのご主人様 2
使い魔というのはつまり主たる魔術士のしもべである。
従属するもの。
そして使い魔に共通する手先、耳目としての能力と。
それぞれの個体が持つ能力。
それらを生かして主に貢献することが期待される……わけではない。
使い魔の献身は期待ではなく機能である。
魔術によって従属している使い魔は主の命に逆らえない。
使い魔の成果は主の成果であり、失敗もまた主の失敗となる。
使い魔とはあくまで主の付属物であり、一部といってよい。
言ってみればもう一本の腕のようなもの。
うまく使いこなせるかは主の裁量であり能力なのである。
であるならば。
腕相撲で腕力を競うように。
かけっこで脚力を競うように。
使い魔の扱いを競う。
そんなわざ比べの遊戯、あるいは試合が、生まれるのは自然なことであった。
なので。
「エルエール明月男爵令嬢! 貴女に“使い魔戦闘遊戯”を申し込む!」
「メルエールです」
こういうことも起こりうるのである。
ワンワソオ黒森子爵嫡子という男子のことをメルエールは苦手としている。
同級生であり、メルエールに話しかけてくる数少ない人物の一人であるのだが、その話しかけ方に問題があるのだ。
なんだかわからないがいちいち突っかかってくるのである。
中等部編入組で勉強についていくのに苦労しているメルエールにより良い成績をとったと自慢しに来たり。
その際馬鹿にしてきたり。
メルエールの生まれをどこからか聞きつけて来たり。
その際馬鹿にしてきたり。
魔術の講義でうまくいかないのを馬鹿にしてきたり。
使い魔召喚に二度失敗したことを馬鹿にしてきたり。
これなら寄ってこない方がマシである。ぼっち万歳である。来るな。帰れ。
メルエールにだけ絡んでくるのも始末に負えない。
他の女子は嫌がらせにあっていないのだ。
紳士的な態度で接しているのを見かけたことがある。
まあまあ人気があるらしい。
おかげで味方がいない。
同じ境遇で慰め合う相手もいない。
ぼっちつらい。
とどめに相手の方が立場が上というのが厄介だ。押し込まれると断るのが大変なのだ。
なのでできるだけ避けるようにしている。
なのにどこからか寄ってきて絡んでくるのだ。
とまあそんな理由で苦手としている。
しかし、向こうから寄ってくるので遠からず顔を合わせることになるだろうとは思っていた。
思っていたが。
実際に顔を合わせるとやはり嫌な気分になるものだ。
寮を出て学院校舎へ向かう間にさっそく絡まれてしまうとは。
「やあやあエルエール明月男爵令嬢じゃないか奇遇だね! ご機嫌麗しゅう! 使い魔召喚に成功したというのは本当かい? 三度目に失敗しなくてよかったねえ!」
「メルエールです」
麗しゅうないわ。気分最悪だわこのぽっちゃりが。
メルエールはこうやって名前をわざと間違えてくることを心底嫌っている。母がつけてくれた大事な名前なのだ。愛称ならともかくこのような悪意の感じられる間違え方をされるのは本当に嫌だ。
しかし、ぽっちゃりワンワソオは気分よさそうである。
なんと楽しそうに嫌味を言ってくることか。
ひきつった笑みを返すのは相手が上位だからだ。同格なら無視して去るのに。
一通り聞き流せば満足して去っていくからそれまでの我慢。
「おお、人型か珍しい! エルフかな? だが弱そうだな!」
メルエールが連れている亜人を見てうれしそうにしゃべり続けるワンワソオ。
見られているエルフ、うさみはメルエールの後ろに隠れてしまった。
ちょっと隠れてないで壁になりなさいよ使い魔でしょうと思うが、意思疎通の魔術効果は発揮されない。ぐぬぬ。
「やはり使い魔は強くなくては! か弱い女性ならなおさら身を守れなければね!」
余計なお世話だ。
自慢げに自分の使い魔の頭をなでるワンワソオに、どっかいけーと念じるが何の効果も発揮しない。
ワンワソオの使い魔は黒妖犬。大型の猟犬ほどの大きさの犬系魔獣だ。
精悍な顔つきで、真っ黒な毛並みはフサフサだ。メルエールは一度撫でてみたいと思っているのだが、ワンワソオと感覚共有している可能性を考えるとやっぱ触りたくない。
どこまでも邪魔をする男であることよ。
なんて逃避気味にくだらないことを考えているうちにも、ワンワソオの話は進んでいく。
「どれ僕が試してやろう! エルエール明月男爵令嬢! 貴女に“使い魔戦闘遊戯”を申し込む!」
「メルエールです」
……って、え、なに言ってるのこの男?