皇帝初心者とうさみ 18
【満月結界】。
魔力で作った結界で区切られた範囲を満月の夜にするというものだ。
その他に、月が魔法の力を高めるという伝承を利用して、範囲内のMP回復速度を高める効果もある。
うさみが使う結界の中で最も旧いものだが、死んで戻るたびに作り直さざるを得ない都合上、技術的には他のものと遜色はない。
ただ、いろいろと制限が多い地上で使えるように、コストを下げるためもあり意図的に脆弱性を残していた。
その一つは、あとから介入して効果を付与できること。
これは他者によって結界を乗っ取られる危険性があるということでもある。
ただし魔力操作技術による綱引きになるので、よほど入念に準備するか、うさみの虚をつけなければ乗っ取りに成功できない。
「【魔力奪取】」
結界内にいるものからMPを奪う効果を付与する。
奪われたMPは結界内に浮動魔力として蓄積する。
うさみが浮動魔力と呼んでいるものは、場所によって濃淡はあるがほぼどこにでも当たり前に存在するもので、これを取り込んで自分のMPを回復するスキルもある。
ただし、結界内の浮動魔力はうさみが掌握しているので、うさみ以上の魔力操作能力がなければ取り込むことはできず、実質うさみの外付けのMPのようなものである。
そしてもう一つの脆弱性。
うさみの制御以外でも、結界の範囲が内部にある魔力によって勝手に変化するというもの。
内部の浮動魔力が増えれば増えるほど拡大していくのだ。
風船のようなもので、内外の魔力の密度差によって大きさが変わるのである。
術者の制御の外で境界が変わるというのは結界の機能としては不完全。
浮動魔力を介して他者によって操作される危険性をはらんでいる。
二つの欠陥に、MP回復速度を高める効果。
さらに先ほど付与した【魔力奪取】を合わせると、どういうことが発生するか。
「いちにいさんしー、お、上空に退避してる、じゅうにじゅうさん」
結界内部に居るものからMPが奪取され続け、効果範囲が広がっていく。
効果範囲が広がればその分範囲内に居る存在も増えていく。
月の海には無数のカエルとカニが潜んでいる。
彼らはMP回復の恩恵を受け、同時に奪取される被害にあい、さらに言えば空に月が昇る世界という、月面においてはあり得ない異常事態に混乱し。
普段の行動、潜伏して獲物を待つという状態から身動きが取れずにいた。
彼らは地上に居る生き物よりもレベルが高い。
レベルの高さは所持するMP、そしてその回復量につながる。
結界の境界はうさみがMPを使って維持しなければならず、その表面積が際限なく広がるとそのうち風船が破裂するように結界が崩壊するのだが。
うさみは掌握した浮動魔力を自身のMP同様に使うことができるため、魔力供給源が増えていく限りその許容範囲も広がっていく。
その結果。
「にーににーさん……えっと何名様だっけ」
……ぷ。『……わ、わたし含めて二十四名です』
「あ、それならよかった。みんな無事だよ。【引き寄せの魔法】」
カエルに追われていたウサギさん。
カニに捕まりかけていたウサギさん。
身を隠して様子をうかがっていたウサギさん。
上空に退避して再編していたウサギさんたち。
各々生き延び、仲間を助けようとしていたウサギさんたちが、虚空から次々とうさみの周囲に出現し。
ぽてん。ころん。
と、転がった。ぽてころぽてころぽてころん。
その数、二十四。
「あ、もうせっかくだから魔力ためさせてもらお」
月の夜はしばらく続いた。