皇帝初心者とうさみ 17
月の海は普段静かである。
少なくともうさみが来てからは。
目立つ生物はカエルとカニだが、こいつらは捕食範囲内に侵入しない限りあまり動かない。
擬態して獲物が来るのを待つスタイルなのだ。
狩りも当然一瞬で、終わる。
なので静かなものなのだ。
しかし一度動き出すと騒がしくなる。
カエルはしつこいからだ。
一度取り逃しても、その跳躍力と伸びる舌を駆使して獲物を追いかける。
逃げているうちに他のカエルを巻き込むこともあるだろう。
そうなるともうわっしょいわっしょいである。
それは例えばうさみのような、現地の流儀を知らないものが進入した時に起きる。
うさみの場合は連鎖させなかったが、その進入者がそうならないとは限らない。
つまりこうして騒がしいのは何者かがやってきたせいである。
というかウサギさんであった。
五十センチほどのウサギさんが三メートルほどのカエルと跳び合っていた。
カエルとウサギといえば跳ねる生き物の双璧である。
もう一つ加えるならバッタ、さらに加えるならカンガルーだろうか。
しかし彼らは月には、少なくともこの近辺にはいない。
跳ねる生き物の頂上決戦。その場にうさみは立ち会うことになったのである。
逃げるウサギさんに追うカエル。
サイズのためか最高速度で勝るカエル。
その分ウサギさんは小回りで勝る。さらにその周りを棒が一本浮いていた。うさみに光線を撃ってきたやつだ。
カエルがウサギさんへ跳ね寄りウサギさんが逃げながら棒から光線が放つがカエルが舌を放った反動で予測射撃が外れた光線が森の中へ消えていきカエルの舌も小回りに勝るウサギさんを捕らえられずに引き戻され互いに着地し次の一手は――。
「ごめんよカエルさん。【眠る魔法】」
ごくわずかな膠着を制したのはカエルでもウサギさんでもなくうさみだった。
横から割り込みウサギさんを抱き上げながら魔法でカエルを眠らせる。
これが完全に野生のやり取りであればうさみは無視していた。うさみを追いかけていたカエルがカニに捕らわれたときのように。
自宅近隣で野菜を提供しているウサギさん相手であっても、基本的には不介入なのである。基本的には。
はるか月で原住生物のやり取りとかしったこっちゃない。
しかしこのウサギさんは月面帝国のウサギさんだ。あの棒が目印。光線も出てたから間違いないだろう。
月面帝国といえばこれから帰るために交渉する予定の相手である。
この森に落ちてからすっかり意識から外していたが、お餅からそろそろ帰ろうかなと思ったところで浮上してきた。
まともな手段で帰るには転送装置を使わざるを得ないのだ。
で、あるからして、なぜこんなところにいるかわからないがウサギさんを助けるのは有益なのである……。
そして助けたウサギさんに【心の中を聞く魔法】を使って話を聞いた。
「え、わたしを救助に来たの?」
ぷ。『そうです』
「すいませんでしたあああああああああ!」
うさみは謝った。土下座。
うさみ探索に投入された部隊は、カエルの襲撃を受けつつも撃退しながら捜索を続けていたのだが、カニの不意打ちを受けて散開したところにカエルが複数乱入。
連鎖的に騒ぎが広がり、散り散りになってしまったのだという。
ぷ。たしたし。『でもみんな精鋭ですからそう簡単にやられはしませんよ! 私が生き残れるくらいですからねははは!』
「う、うーん」
うさみは唸った。
これはものすごく申し訳ない。なんというか超申し訳ない。なんでそんな軽いノリなのかわからないがこっちは申し訳なさ過ぎた。
うさみは大概身勝手に生きている自覚はあるが、それでも義理を欠くのは後味が悪いというか、なにかやらかしてしまったら自分が納得できる言い訳がないとショックで百年単位で引きこもるくらいはする。
今回は自分の思い付きで月にやってきてやらかして、そのまま放置してこうして他者に迷惑かけているわけで。
これはいけません。
というか、そういうことであれば、うだうだしてないですぐに動くべきか。
「【魔法解除】」
自分にかけている魔法を【宇宙ばりあーの魔法】を除いてすべて解除する。
全身にかかる負荷がなくなり、時間偏差も解除され、体の中から湧き上がる魔力が膨れ上がり全身を循環、骨の髄から末端までに浸透し外に出ようと暴れまわるのを体内にとどめる。
自身にかかっていたあらゆる制限が解除され思考もクリアになりあああああなんでこんなことしたのわたし馬鹿じゃんもう軽率すぎ何考えてるの何も考えてなかったんだようわぁいごめんなさい!
と暴走する思考をとは別に事態の解決を図る思考を進める。
これが一番早いかな。
「【満月結界】」
こうして月面の一部を月の夜が覆った。月面なのに。




