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皇帝初心者とうさみ 10

 それ(・・)は時を待っていた。


 それの背は黒くごつごつとした凹凸に覆われている。

 それの腹は白くのっぺりとした表皮となっている。

 それの口は結ばれているがその大きさはそれ自体の大きさに及ぶ。

 それの足は畳みこまれいつでも最大の力を発揮できるよう力を蓄えている。


 それは一見岩のようにも見えるが、動かず待っているためである。

 動かなければ生きるために多くは必要ない。

 動かなければ天敵に見つかることもない。


 ただ巨大な木の根元に潜み目の前を獲物が通るのを待つ。


 待つ。

 待つ。

 待つ。


 待ち続ける。


 そしてついに現れる。

 それは標的が自らの正面へとくるのを待つ。


 標的は足元をに注意を向け、植物をむしっては食べている。

 それは思う。

 ああ、もうすぐ自分も食べることができる。


 標的がふらふらと移動し、少しずつ、少しずつ、それの領域へと近づいてくる。

 それの領域である正面に入ってしまえばもはや逃れるすべはない。


 あと少し。

 あと少し。


 あと……きた。





 □■ □■ □■





 うさみは月光草を求めてさまよっていると死んだ。


 と、思いかねない速度で何か(・・)が飛来した。


 うさみはちょうど片足をあげた重心が不安定な体制だったので前方の空中(・・)を蹴って後ろに跳ぶことでその範囲から逃れた。


 そして見たのは、目の前で伸び切った長い鞭状の何か。

 それが、飛来した時と同等以上の速度で引き戻されていく先は。


「お? カエルだ」


 巨大なカエルだった。

 三メートルはあろうかという黒いカエルだ。

 大きな口に鞭状の舌が取り込まれて閉じられる。

 岩か黒月桂樹の根っこと見間違えかねない姿になった。


「ううん、結構危ないなあ、月」


 月光草をもしゃもしゃしながら、うさみはつぶやいた。


 今の当たってたら丸呑みだろう。

 いや丸呑みの前に衝撃で死ぬかも。


 先だっての事故で【危険感知】スキルが上がってなくて地球レベルのままだったら反応できたかどうかわからない。

 正直ちょっと舐めていた。

 もしゃもしゃ。


 今日は自分の予断や油断が悪いほうへ悪いほうへつながる日だなあ。


 うさみはそう思いながら、こちらへと跳ねてくるカエルを見る。


 跳ねる生き物への対応は慣れている。

 うさみも長年ウサギさんと暮らしているのだ。

 地上と比べて格段に強力な月面の生き物であるとしても、ちょっと速いくらいならどうにでもなる……あれ思ったより早……!


 うさみはすれ違うように跳んでそのまま逃げようかと思っていたが、カエルの予想以上の速さのせいで、その巨体をやり過ごす軌道を取り損ねた。


「舌より早いじゃん!?」


 まさか捕食のための舌による攻撃より本体が跳んでくるほうが速いとは思わなかったうさみは巨体による体当たりを横に跳んでかわしたかと思うとカエルもその巨体に似合わない機敏さを発揮して追随してきたので速度を上げて。


 うさみが。カエルが。


 跳ねる。 跳ねる。

  跳ねる。 跳ねる。

 跳ねる。 跳ねる。

  跳ねる。 跳ねる。

 跳ねる。 跳ねる。

  跳ねる。 跳ねる。



「うわしつっこい!」


 逃げるうさみに追うカエル。


 一度取り逃がしたのだからあきらめればいいのに、執拗にうさみに喰らいつこうと追いかけてくる。


 正直なところ、月では地上と比べるとうさみが気にしなければならない制限が緩いので、全力全開で行けば簡単に逃げることはできるのだけれども。


 それをすると即席で作った服がもたない。


 というかもうちょっと運動向けにデザインすればよかった。

 ああっ、ずれるずれる!


 思い付きでやったサリー風だが、思い付きだけにどうにもうまく身につけられていなかったらしい。

 いやもともと激しい運動をする格好ではないのかもしれない。

 うさみにはそれを確かめる術はなかった。


 ただわかるのはこのままだと破れるか脱げるかであるということ。


 でもでも。そうはいっても命には代えられないよねえ。


 この期に及んでのんきにそんなことを考えながら、ずれていく服を片手で直し跳んで木を蹴り空を蹴り地を蹴り逃げ回る。


 そうしてついに、もう服は作り直す覚悟で逃げようかしらんと考え至ったその時だ。


「またなんか出た!」


 うさみが危険を感知したのとその攻撃が放たれるのは本当にわずかな時間差だったのだが。

 それを来るのがわかっていたかのようにかわすことができたのは、カエルのおかげと言えるだろう。

 なぜならカエルに追い掛け回されて久しぶりに本気で動いていたために、体の感覚を多少なりとも取り戻しつつあったからである。


 うさみを挟み込むように襲い掛かってきた大きな質量の間をぬるりと越える。

 そして身を翻して後ろを見ると。



 ものすごいでっかいカニが、その超巨大なハサミの片方でカエルを挟んでいた。


 じゅるり。

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