皇帝初心者とうさみ 6
月面帝国ルナパラウサ皇帝執務室。
趣味が強く表れる私室と違い、機能性最重視の飾り気のない部屋の中で。
皇帝真ウーサー六万五千五百三十五世は頭を痛めていた。
原因など決まっている。
先日の侵入事件および地上野菜バラマキ事件である。
千年単位で使われることの無かった転送装置により何者かが侵入。
帝国が防衛体制を整える前に物理的な時間稼ぎ用の設備が突破され。
それでもどうにか昇降機前に防衛部隊を展開することはできたのだが。
現れた侵入者が統一言語を話し上納の品を捧げてきたのだった。
それも伝説の品、虹色のニンジンを。
だがその上で真ウーサー六万五千五百三十五世は侵入者の排除を命じた。
侵入者の、こちらを見つめる目が気にくわなかったからだ。
月兎よりは大きいが、真ウーサー六万五千五百三十五世よりはずいぶん小さい身体であるのに、どこかこちらを見下すような感情があった。
こちらの防衛機構をああも短時間で突破する手腕にも危機感を覚えた。
情報がすべて漏れているとしか考えられなかった。
機密上、地上のウサギ帝国にも知らされていないはずである。
手動解放の手続きと迷路の隠し通路を知って抜けてくるなどありえないことだ。
そんな得体の知れない相手の命を取るなら今しかないという確信もあった。
そして悪かったのが、今日が真ウーサー六万五千五百三十五世の即位の日だったということだ。
そんな日に現れた侵入者に対し、自ら現場に出て対応したのである。
新皇帝の最初の一日を何事もなく終えることができなかった。
であるならば、発生した問題を自ら解決しなければ面目が立たぬと考えたのである。
その結果、昇降機前の部屋は、防衛部隊と真ウーサー六万五千五百三十五世ごと野菜まみれになり。
侵入者は姿を消し。
月面一帯に地上の野菜がばらまかれた。
意味が分からない。
結局あの侵入者はは何だったのか。
報告によると、ばらまかれた野菜とともに突如月面に現れ、その後行方不明となっているという。
どうやって地下の昇降機前の部屋から移動したのか。
そしてもう一つ手がかりがある。
ぷ。
側近が解析した情報をもって報告にやってきた。
野菜まみれになった昇降機前の部屋を、片付けさせている際に発見された小さな結晶体。
それが、旧い時代の情報記録媒体であることが確認され、解析させていたのである。
その結果が今、届いたというわけだ。
真ウーサー六万五千五百三十五世は、早速目を通し始めた。
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少しばかり時間をさかのぼる。
うさみは月面上空で野菜に吹き飛ばされて焦っていた。
月面帝国の範囲内と違い、月面上空は空気がない。
空気がないのは危険である。死ぬので。
死を感知する本能が全開で、【危険感知】スキルがガンガン上がっていく。
予定外だ。
あと直射日光が体を灼く。
空気による防壁なしで直射日光を浴びるのは危険である。紫外線とか。もっとヤバいやつとか。
【日焼け】スキルが上がってしまう。いやそれどころじゃないんだけど。
予定外だ。
お気に入りのワンピースが野菜汁にまみれてしまった。
落ちるかなこれ。
予定外だ。
このままだと結構な勢いで月面にツッコむことになる。
無防備に落下すると危険である。死ぬ。
予定外だ。
だがこれらだけならまだいい。
MPを全部使い切ってしまったのがマズい。
うさみはレベル一であるので、最大MPがあまり高くない。ちょっとした魔法も使えないほどである。
だから、普段から非常用のMPを別枠でためこんでいる。
この技術は結構珍しいらしく、うさみは自身以外の使い手に出会ったことがないので少しばかり自慢に思っている。
で。
バスケットの空間圧縮が解放されるとき、焦ってその非常用にためていた分を使い切ってしまったのだ。
あとから思えばもっとやりようはあったはずなのだが、空間魔法の崩壊は一歩間違うと大規模な被害が出てしまう。
何より想定外の状況だった。
気を張っているときならともかく……いや、気を張っていなかったのがいけなかったのだ。
月面の上空。
野菜とともに放物線を描きながら、うさみは命の危険を味わうのだった。