皇帝初心者とうさみ 4
相互転送装置は、“同じ場所”を入れ替える機構だ。
地上から月への転送は感慨を抱く間もなく、あっさりと終わった。
「さて、と」
自動で開く出口から、装置の円筒の外へ出る。
そこは地下帝国側と同じ間取りの部屋で、出口は一つ。
やはりチリ一つ落ちていないのも同様。
違うのは、見送りの白と黒のコンビがいない点である。
つまり、転送はつつがなく達成された。
「じゃあ行こうかな」
うさみは白いワンピースと頭のウサギの耳を模したリボン、をちょいちょいっと触って乱れていないことを確認。
次に足元。足首を動かしたりつま先で床をトントンしたりと、靴の履き心地を確認。問題なし。膝上まである靴下もずれていない。
手に持ったバスケットを持ち替えながら手袋をしっかりと付け直す。
準備完了。
さいごに部屋の一角に向き、ニッコリ笑ってひらひらと手を振ってから。
はじけるように、部屋から通路へと跳び出した。
ここからは時間との勝負である。
のんびりしていると、途中にある迷路で月のウサギさんと追いかけっこすることになる。
迷路の中は障害物が多いし、ウサギさんたちは当たると死ぬだろう装備を持って包囲を仕掛けてくるので危ないのである。
なのでウサギさんが動き出すまでにエレベータを確保する。
うさみはこれを自らの課題としていた。
人生の中で数少ない本気で運動できる機会なのだ。
千年に一度のお楽しみ。
これは張り切らざるを得ないだろう。
昔の友人の言うところの、リアルタイムアタックというやつだ。
がんばる。
円筒状の通路の上下左右に存在する出っ張りを蹴る。
蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る蹴る。
下左上右下左上右下左上右下左上右下左上右下左上右下左上右下左上右下左上右。
らせんを描くように、リボンとスカートをなびかせながら、うさみは跳びはねる。
最初の隔壁にたどり着くまでは瞬く間だ。
ワンピースの裾をそっと抑えながら着地、隔壁横に隠されている端末に魔力接続。手動化完了。
「【扉は開くためにある】」
扉を開く魔法で隔壁を開放。
わざわざ手動にして工程を増やしたのは、自動のまま開けてしまうと隔壁の開閉機能が故障するかもしれないからだ。
うさみは破壊活動をしに来たのではないのである。
あと、魔力を余計に使うからというのもあるけれど。
全部開くのを待つのももどかしく、うさみの小柄な体が通れる隙間ができた時点で跳び込んだ。
同じ要領で二番目、三番目、四番目を突破。いい調子。
迷路区画に入る。
まともに攻略したいところではあるけれど、そうするともっのすご~い遠回りをさせられることがわかっている。
しかし、時間をかけていてはいけない理由があるのだ。
なので、防衛側しか知らない隠し通路を利用してショートカットする。
ものすごくズルいことをしているような気もするが、隠し通路だって通路のうちなのだからいいよね。
と、うさみは開き直っている。
他生の知識ありきであるが、それはいまさらだ。
包囲されたうえでさらにこの隠し通路を利用して神出鬼没の奇襲を繰り返されると、さすがに目が回る。
ウサギさんを傷つけるのも本意ではない。
だから今は攻撃されないように急ぐのがこの場合正しいのだという判断である。
隠し通路は下にもぐる形で設置されており、内部は一メートルくらいと非常に狭い。
しかし、うさみは迷わず跳び込み滑るように走った。
うさみはちっちゃいので、身をかがめれば十分に走れるのだ。
さすがにいつもの跳ぶように走るスタイルだと頭を打ってひどい目にあうが、気を付けて走れば問題ない。
体が大きかったらこんな狭い通路まともに通れないだろう。
しゃがんだり四つん這いでは速度が違いすぎる。
そんな状態で追手がかかったらさらに悲惨だ。
それなら大回りした方がなんぼかマシである。
ちっちゃいのもたまには役に立つ。
しょうじきなところ大きい人に憧れはあるが、現実として一生伸びないのはわかっているし、ちっちゃいほうがいいこともあるなら一長一短ということでセーフ。
何がセーフだか知らないけれど、とにかくセーフ。
ともあれ、隠し通路を使えるならば、迷路区画も問題にならない。
うさみはふへへと笑いながら隠し通路を走り抜けた。
「はいゴール!」
というわけで。
うさみは今回も無事にエレベータ前に到着した。
時間を計っているわけではないし、計っていても千年たてばさすがに覚えていないので意味がない。
ただ、ここにウサギさんがいっぱい並んでいないということは目標タイムを上回ることができたということだ。
うさみは結果に満足し、腕を組んでふんすと息を吐いた。
そして最後の関門であるエレベータ坑へ【扉は開くためにある】して進入。
「せーの」
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。蹴る。
三角跳びの要領で壁を蹴って蹴って蹴って長い縦穴を上っていったのだった。




