召喚初心者とうさみ 4
メルエールは考え込んでいた。
使い魔エルフのうさみの生活環境を整えなければならない。
だがその前に気になることがあった。
思い過ごしであればいいのだが、もし懸念が当たっていたらマズいことになる。
マズ過ぎて教師に相談することもできない。
どうしよう。
「どうしたの?」
部屋に戻って唸っていると問題の核心が話しかけてきた。
肌着と下着と布一枚しか持たない幼エルフには、とりあえずメルエールの上着を着せている。
体格が二回り以上ちがうのでだぶだぶである。
袖をバタバタ振り回して遊んでいた。
能天気な奴。
メルエールはためいきをついた。最近ためいきの回数が多い気がする。
「あんたにいってもわからないだろうけど」
前置きしてから話し始める。
使い魔召喚の魔術は、該当の存在を召喚し、契約し、使役するという効果で一揃えである。
副次的に、召喚された使い魔には主の命令を理解する程度の知能が与えられ、また主の意思で感覚を共有――たとえば使い魔が見ているものを主も見ることができる――することができ、離れていても意思を疎通することができる、さらには主の命令に隷属するという効果までついているのだが。
それらの魔術効果がうさみに対して機能していない。
「それって魔法に失敗してるんじゃないの?」
「ぐ……ま、魔法ではなく魔術よ」
うさみが端的に言い表したことこそ、メルエールの懸念。
この幼い亜人が出現した以上、成功したと思いたい。
しかし現実に十全に効果が発揮されていないのだ。
使い魔召喚の儀式の課題に三度失敗すると退学である。
これが失敗ということになれば退学なのだ。
退学ぅ。
うかつに教師に相談することもできないのである。
どうしよう。
「なにかのきっかけでちゃんと機能するようになったりしないかしら。こう、叩いたりしたら」
「現実見ようよ。わたし、メルちゃんの命令に従わなきゃー、とか全然思わないし失敗してるよきっと」
なんという言い草。
しかし実際、昨日のうちにメルちゃんと呼ばれ、やめさせようと指示したが従わなかった。
でもそれはそれとしてひっぱたいてやらねば気が済まない。
腕を振った。ギリギリ届かない。空振りであった。
当のうさみはケラケラ笑っている。
ぐぬぬ。
メルエールが歯噛みしていると、うさみがさらに追撃の言葉を重ねる。
「なんかその儀式? も普通じゃなかったんでしょ?」
「……そうね、爆発が起きるとは聞いてないわ」
メルエールはがっくり肩を落とした。
認めよう。
使い魔召喚、最後の一回に失敗したのだ。
退学だ。
家にどう説明しよう。
縁を切られるかもしれない。
うあー。
つらい現実を再確認して頭を抱える。
「あのさあ」
「うう。何よ。放っておいて」
「ごまかしたら?」
「放っておいてって……ごまかす?」
悪魔のささやきであった。
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「このあたりだとエルフの立場低いんでしょ? 無事に帰れるかどうかわかんないしね」
と、うさみは言った。
つまり、うさみが使い魔のふりをするということだ。
十全に成功しなかったとはいえ、うさみは出現したのである。広義の成功といっていいのではないか。
それに仮に、そう仮に失敗していたとしても――ばれなきゃ問題ないのでは?
「失敗したのばれたらまずいんでしょ? ふふふ」
おそるべき提案に、メルエールはおののいた。
いや、確かに現物がある以上、自ら申告しなければ失敗したことはバレない。
感覚共有や意思疎通の問題はあるがごまかせば、ごまかせるかな? いやごまかす。ごまかそう。ごまかさなければ。
命令遵守については、うさみの協力を得られるのならば問題ないわけで。
ついでにいえば成功して当たり前の儀式であるので、逆につっこんで調べられることもそうそうないのだ。
ごくり。
これは……もしかしていける?
いやしかし。亜人ごときが王国貴族の令嬢たる自分に交渉を持ち掛けてきたということでもある。
これを受けてしまえば名折れであろう。
でも?
ばれなきゃ?
問題?
ない?
よね?
「あんた何が望みなの!? 可能な限りかなえてあげるからよろしくお願いします! あ、お金ならあんまりないわよ!」
こうしてエルフと魔術士の談合は成ったのであった。