使い魔?うさみのご主人様 35α ふぉーすていくていす 4
新しい夜が来た。
「エルフよ。我が主が話をしたいと仰せだ」
今日もうさみはメルエールが寝静まってから部屋を抜け出す。
ちなみにうさみもちゃんと寝ている。
三千六百倍速で。
逆に起きてる間は七十五パーセントの速さで活動している。
人の言葉が早口に聞こえるのが欠点だ。
うさみは臆病なので自宅じゃないとゆっくり眠れないのだ。多少の不便は承知の上のやむを得ない措置である。
抜け出す際にきちんと窓を閉めておいた。昨日寒そうだったからだ。かわいそうなことをした。
そうしてつったかたーと走り出し、敷地の壁を越え城壁を越えたところで使い魔竜が飛んできて、しばらく並走した後に話しかけてきたのであった。
「主さん? ……お姫様!?」
わーおびっくりだぜーHAHAHA。
みたいな大げさな驚き方をうさみがすると、使い魔竜はうさみからちょっと距離を取った。
引かれた。
「えーっと、うちのご主人様はもう寝ちゃってるんですけど」
「構わぬ。必要ならばエルフ、汝が伝えればよかろう。こちらも直に会おうというのではない。お互い会話ができる使い魔でよかったな?」
多くの使い魔は人の言葉を話せない。
使い魔にされる際に知能が人間並みになるので理解はできるが、何らかの形で補わない限り、言葉を発する声帯を持っていないからだ。
その点エルフは人間なので喋ることができるし、竜も長ずれば人語を話す。
でっかいトカゲがなんで喋れるのかとか思うけれども、本能的に使いこなしている魔力でなんかこううまいことやっているのだ。
奴らは天然で魔力を使いこなす生物なので人と比較するのはナンセンスなのだ。
さて、双方会話が可能な使い魔がいるということは、つまり遠隔地で会談できるということでもある。
それは例えば今のように、使い魔竜に代弁させたり――あるいは従属・意思疎通・感覚共有まで合わされば身体の操作を乗っ取るくらいはできるのかもしれない――して直接話せるということだ。
筆談などであれば普通の使い魔でも可能だが、時間的環境的な条件を考えたら圧倒的に音声会話が都合がよい。
もう一歩進んで意思疎通の魔法を使えばもっとこっそりできるのでは、とも考えられるが、それはまた別の問題があるので少なくとも魔術王国サモンサでは現実的ではない。
ともあれ、主を安全な場所において内緒話ができるというのは大きな利点である。
後ろめたいことや表沙汰にできないことを目論んでいるものなら積極的に使うことだろう。
たとえばどこかのお姫様とか。
「えーその、田舎者ですので礼儀とかお目こぼしいただけましたら」
「よい。エルフに人の礼儀を問うてなんとする。もとより使い魔。お忍びよ。普段通りでよいぞ」
「ありがとう!」
使い魔竜の体を介して発せられたお姫様の言葉。
うさみはそれをあえて鵜呑みにした。
うさみも地方の文化的なことに詳しくはない。亜人が弾圧されていることもあって寄り付かないのでなおさらだ。
だがエルフとしてはそれが普通だ。そうでなくとも、うさみは子どもに見えるので、怪しさドンさらに倍である。
もっとも、夜中城壁を乗り越えて出かけているのでとっくに怪しまれているのだけれども。
話を戻そう。
本来なら目下のうさみから自己紹介をしなければいけないところだが、お忍びということでお互い名乗ることもしない。
とはいえ相手の使い魔は竜というユニークな個性だし、うさみのほうも同様に目立つ。
わざわざ会いに来て、話がしたいとまでいうのであれば下調べをしていることは想像に難くない。
しゃべり方とかすごい偉そうなのに、内緒話しようぜー、とやってくるフットワークの軽さ。
なんか乱世で活躍しそう。
能力を発揮する方向性によっては平地にも波瀾を起こすタイプ。
将来この国で反乱がおきる(場合がある)ことを考えると危険人物説は濃厚である。
ただ、多分一緒に遊ぶと面白い人だろうとも思う。
メルエールのことがなければうっかりかかわって情が移ってあとで泣いていたかもしれない。
以上のように、うさみとしては、やばそうだけど嫌いではないタイプ、というのがこのお姫様の印象だった。
まだ顔も見てないけれど。
「うむ、それでなエルフ。わらわの使い魔に面白い話を吹き込んだであろ?」
「えっと、重……じゃない、成長中のご主人様のために人を乗せる練習したらってやつ?」
「気を使わなくともよいといったであろ。まあそれよ」
主人が重くなってきた、からの、騎竜になりたいからの、練習をするといいんじゃない? という話だった。
うっかり女の子の体重が重いとか言いそうになったので止めたが、別にいいよと言われてしまった。
「こう見えてわらわも忙しくてな。エルフ、お主わらわより一回り大きいからちょうどよさそうではないか。どうじゃ、こやつの練習に付き合わんか?」
「え、いいの?」
竜に乗るとか非常に稀有なことであり、それそのものがステイタスである。
前にも述べた通り、竜は非常に自尊心が高いので滅多なことでは背を許さないのだ。
なので竜に乗る権利というものがあるとしたらものすごい価値があるわけで。
「よいよい。我も構わぬ。主のためである。使い魔のじゃれ合いに文句は言わせんよ。かわいい使い魔愛好会であろ?」
途中使い魔竜の言葉が混じった。主従ともにいいといっているなら断ることもないか。
しかしちゃんと調べてるアピールもしてくるんだなあ、親切だなあ。
うさみがそんなことを考えていると。
「エルフが良ければこうして夜中の時間を使ってくれ。用があるなら足代わりに使ってもよいぞ」
「お、おーそれは助かるかも」
うさみがためらっていると思ったか、条件を追加してきた。
なるほど監視も兼ねているのか。
うさみはそう解釈した。
うさみという異物の扱いを見極めよう、そういう側面もあるということ。
要注意人物扱いはお互い様だったというわけだ。
使い魔竜と同行するとうかつなことができなくなるが……それほど問題はないだろう。
うさみはそう判断した。
「じゃあ、引き受けるね! よろしくお願いします!」
「うむ、よしなに、な」
こうして、うさみは使い魔竜を連れて、いや乗って森に行くことになった。
なお、お姫様は夜遅くて眠いのを我慢して起きていたらしくすぐに寝たそうだ。
初等部だもの。




