召喚初心者とうさみ 3
メルエールが気が付くと、あったかくて柔らかいものを抱いていた。ふにふに。
なんだろう触り心地がたいへんよろしい。
温度もいい感じで、朝方の冷たい空気に対して適度に反撃を……反撃ってなんだ。
寝ぼけ頭が徐々にはっきりしてくる。
そして目を開けると金色が視界を埋めていた。なんだろう。
…………?
ふにふに。
「やー。くすぐったい」
なにこれしゃべった?
…………
……………………
………………………………!
「ぎにゃあああああああああああ!?」
メルエールは叫んだ。
腕の中にあるモノがなにか、ようやく気付いたのである。
寝起きでなければもっと早く気付いていただろう。
しかし残念ながら寝起きでした。
つまり何があったかというと、昨日召喚した使い魔、エルフのうさみを抱いて寝ていたのである。
なんということでしょう!
メルエールは叫びながらうさみを投げ捨てた。
「ひゃあ」
投げ捨てられたうさみはころころと転がって壁際で止まる。
「なにすんの」
「ああああああんたこそ何してるの!? ひ、人のベッドに入ってくるなんて!?」
「だって床寒いんだもん。ベッド大きいしいいかなって」
なんてこと。
メルエールはこのエルフに早急に常識を教えないといけないと確信した。
モノを知らなさすぎる。主人のベッドに入り込むなどと。
「こ、子どもができたらどうするの!」
メルエールがしかりつけたのだが、うさみは「え、なにいってんの」という顔をした。
「え、なにいってんの」
口にも出した。
いけない、これはいけない。早急な対処が必要だ。
「同じベッドで寝ると子どもができるのよ!? あんた幼体だからまだ大丈夫かもしれないけど」
「え、いやちょっとまって」
メルエールは同衾の危険性について説いた。
大事なことである。
メルエールは貴族令嬢である。そういったことには慎重にならなければならない。
「それにエルフは人間との間に子をなすことができるといわれているけれどその子の扱いは」
「あっはい」
さらに異種婚とその問題点ついても熱弁をふるった。
人間が異種族と婚姻を結ぶなんて常識的に考えてあり得ないが、一部特異な趣味を持つ者もいると聞く。
それに万一子どもができてしまっていたらと考えるときちんと言っておく必要がある。
それもこれも使い魔に常識を教え込むためである。身近に侍らせることになるのだから大事なことだ。
でまあ、結果としてその後酷く赤面することになった。
途中から使い魔が反論してきたのである。
そして正しい性知識とやらを話し始めたのである。
「何を馬鹿な。殿方のあれをああしてそれをするなんてそんなわけないでしょう」
「いや女の子が一緒に寝るだけで子どもができるわけないじゃん」
言い合いになった挙句、引くに引けなくなって保険の教師に訊きに行ったのであった。
結果として使い魔うさみの方が正しかった。
そして保険の教師はノリノリで秘め事について、かなりえぐく切り込んだ形で語ってくれたため、メルエールは真っ赤になったのである。
なおそうこうしているうちに朝ご飯を食べ逃した。
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「ところで学校? 学院? は行かなくていいの?」
朝からドタバタして疲れているメルエールに、使い魔うさみがのほほんと言ってくる。
誰のせいだ、とひっぱたきたくなったメルエールだが、うさみが絶妙に手が届かないところに立っていて叩けない。
ぐぬぬ。
「使い魔を召喚した翌日は休みなのよ」
使い魔召喚の儀式魔術で召喚される対象には決まりがない。
蛇や獣、鳥に竜、妖精とか虫などなど、どんなものが召喚されるかは実際にやってみないとわからない。
メルエールのように亜人が召喚されるのは珍しいほうだが、メルエールが知っている限り、同級生にも全く同じ種を召喚したものはいなかったと思う。それくらい種類に富んでいる。
基本の術式によって使い魔に適した種が選ばれるようになっているのだが、後付けでさらに条件を付け足すことができ、珍しい使い魔を使役することは、そのまま主の魔術士の評価につながるので皆様々に工夫するのだ。
もちろんメルエールも条件を追加した。
追加しすぎた。
魔術は複雑になればなるほど発動が難しくなる。
一度目の失敗の原因はこれであった。
また、条件の指定を細かくすれば、狙った種、ないし近しい種の使い魔を召喚できるわけだが、狭すぎると該当する使い魔が存在しなくなる。
たとえば“最も強い使い魔”と“最もかわいい使い魔”という指定を入れると、最も強くて“かつ”最もかわいい存在が探されるわけだがそんな存在はいないし、いたとしても使い魔に適さない種であればはじかれる。
残念。失敗でーす、となるわけだ。
これが二度目の失敗の原因であった。
メルエールは妥協に妥協を重ねて三度目、最後の機会に挑戦し、どうにか召喚に成功したのが、使い魔うさみなのであった。
かわいくて死ににくいという二つまで条件を減らしたのだ。一度目は百八個、二度目は三十七個だったことを考えると大幅な妥協である。
話をもどす。
各術士が工夫した結果がバラバラの種の使い魔であり、召喚の翌日の休みなのである。
使い魔も生物なので生活環境を整える必要がある。
しかし事前に何が召喚されるか確定できないので準備ができない。
なので翌日を当てるのだ。学院でもそのように指導される。
しかしその大事な準備日も早々に疲れてしまったのであった。
「まだ朝だよ? そんなに疲れた顔して大丈夫?」
「誰のせいよ誰の」