とあるうさみとお肉 2
「まあそうはいっても、手伝ってもらうようなことはあんまりないんだけどねー」
ウサギさんたちが大地を、幹を、枝を蹴って跳ね回る。
「でもせっかくだし」
轟音を響かせながら大木が、周りの木をも巻き込みながら倒れていく。
「せっかくだしなによ!?」
メルエールが泣き叫びながら、吹き飛ばされた葉枝や土砂が降る中を駆ける。
「や、戦うところ見たいかなって」
「そんなこと一言も言ってないわよ!?」
メルエールの横をちょこまかと追随しながら、うさみはその方向を指さした。
長い金髪が流れるように舞う。
足元の根っこやウサギさんの穴に気を取られるメルエールと違い、視線はある方向へと固定されていた。
「あ、ほら、ブレスはくよブレス」
うさみが指し示す方向には、そこらの木よりも大きな生物が。
蛇とトカゲの合いの子をものすごくでっかくして蝙蝠に似た羽を付けたような生物。
その牙は岩を砕き、その鱗は鋼も通さない。
ドラゴン。
あるいは竜ともよばれる、地上最強とされる生物の一個体だ。
うさみの言葉に慌て、無理な体勢で振り返るメルエール。
その目に映ったのは、そのドラゴンが鎌首をもたげて今にも口を大きく開こうとしている姿だった。
しかし、開かれた口が自分たちの方を向いていないのを見てほっと一息ついた。
「あそこからこう、ぶわーって掃射するんだよ、首を振って」
うさみの言葉と、メルエールがひっくり返るのと、ドラゴンの口から炎が吐き出されたのは同時だった。
鉄をも溶かすという竜の吐息。
右から左へドラゴンの首が動く。
当然それに合わせて吐き出される炎も木々を焼き尽くしながら二人へ迫る。
「いやああああああ!?」
「ね。迫力あるよね」
しかし炎は、二人の目前で遮断されていた。
腕一本分のスペースを残し、二人に吹き付けられた炎は首が通り過ぎるのにあわせて散り消える。
首が追うのは二人ではない。
高速で跳ねまわるウサギさん。
土色の毛皮で視覚を欺き、地を蹴り木を蹴り炎に追われ跳ぶウサギさん。
放たれる炎に先んじて描く弧を縮め、ドラゴンの首の裏を取るように回り込む。
ドラゴンはブレスを吐きながら首を振るため身構えており、反応が遅れてしまっていた。
ウサギさんの小さな体が、苦し紛れに振り回された前足をかわし。
そして力強く羽ばたいた翼が生んだ強烈な風圧に吹き飛ばされた。
その様子を眺めていたうさみがひっくり返ったまま立てないメルエールを抱えあげ、その場から跳び去る。
間髪入れず、先ほどまでいた場所を豪風がウサギさんごと通り抜けた。
周囲の木が煽られて枝葉を散らす。
そして。
しばしの静寂。
ドラゴンが注意深く首を巡らせる。
ウサギさんの姿が消えていた。
「気配を探るドラゴンなんて他所じゃあんまり見られないよ」
「そもそもドラゴンを見ることがないわよ!?」
その様子を眺めながらぼそぼそと話すうさみとメルエール。
メルエールは抱っこされたままである。
そんな二人をドラゴンがうるせえんだよと言わんばかりに睨みつけた。
その瞬間。
余計なことに気を向けてしまったわずかな不注意が勝敗を分けた。
木陰から飛び出すウサギさん。
そのキックがドラゴンの首を横から強打した。
さらに強烈なキックの反動によるわずかな滞空時間で宙を蹴り、首の付け根へと再度の蹴撃。
二度の打撃を受け、ドラゴンは膝……前足だから肘から? 崩れ落ちた。
「ウサギが勝った……?」
「よーしチャンスチャンス」
驚くメルエール。
ほくほく顔のうさみ。
勝利宣言をするかのようにドラゴンの上で飛び跳ねるウサギさんと、弱々しくそれを見つめたあと、ついに気絶するドラゴン。
「なぁにこれ」
メルエールは抱っこされたまま自らの頭を押さえるのだった。
「【時間を止める魔法】【時空を切り取る魔法】【復元の魔法】【血抜き処理の魔法】【神様この子を元気にしてあげて】【オープンゲートッ】」
「なんで最後だけ叫ぶの?」
うさみが矢継ぎ早に魔法を使う。
ドラゴンが真っ黒な何かに覆われたあと、尾の付け根のあたりがごっそりえぐり取られたかと思うと元の形状に戻り、中空に円形の肉塊が浮かんだかと思うと黒いもにょもにょが現れてその中に消えた。
「意味はないけどその方がいいって昔ね。さあ動く前に帰るよ」
黒でおおわれたドラゴンのかたちに背を向けるうさみ。
それに倣いながら、メルエールは首を傾げた。
「あ、うん。でもほんとに何もしてないんですけど。怖い思いしただけ」
メルエールは肉を狩りに来てドラゴンとウサギさんが戦っているのを目撃するとは思ってもみなかった。
そしてウサギさんが勝つとも。
ついでにうさみがわけわからない魔法を使う――のは想定の範囲内だったが予想以上だったけども。
「なんでもするって言ったじゃない」
「いやでも必要なかったよね!?」
何か魔法をかけてちょちょいと肉を切り出して?
それから直して治したようにメルエールには見えた。
完全にメルエールの出る幕はない。荷物持ちすら必要なかった。
……何で治したんだろうか。
思いながらメルエールがふと目をやると、ドラゴンと激闘を繰り広げていたウサギさんが地面をたしたしと叩いていた。
「ねえ。あのウサギ怒ってない?」
「あれは仲間呼んでるんだよ」
うさみはウサギさんに手を振りながら言う。ばいばーい。
「あのドラゴンはウサギさんを食べたいんだけど、あの子とかが撃退してるのね。」
「は? じゃあなんで治したのよ?」
「お肉のお礼?」
メルエールは首をひねった。
ウサギさんの世話をしているくせに、ウサギさんが危険にさらされるのを許容しさらには天敵を癒すうさみの神経がわからない。
「ある意味ウサギさんもあのドラゴン飼ってるんだ。ドラゴンから逃げてレベル上げしてるのね。もちろん時々食べられてるけど」
ウサギさんは逃げるとレベルをあげられるから、強くて手ごろな相手としてキープしているのだ、とうさみは語る。
それはそれとして、うさみは肉をもらっているのだと。無断で。
「生命力強くないとお肉取った後に再生してもっかい取ったときおいしくないんだよね。あのドラゴンなら一年くらい置けば元の味になるから――」
謎のうんちくを語るうさみ。
メルエールは首を傾げすぎて痛くなった。
どこからツッコむべきか考えようとしてやめる。
ウサギさんが集まって、いつの間にか黒くなくなったドラゴンの下に潜り込み、どこかへ運んでいくのを見てなんだかどうでもよくなったのだ。
弱肉強食ということで納得しておく。
「じゃあ今日は焼肉定食ね」
うさみが宣言してお肉取りは終わった。
焼肉定食はおいしかった。
付け合わせの野菜もいつもよりおいしく感じたのでメルエールは悩むのをやめた。