剣初心者うさみ 118
夜。
バルディとおジョウさんは道場敷地内の離れに泊まっていた。
婚約が確定してから最初の夜であるため、他の誰もが遠慮している。
二人きりである。
となれば、何をするか、などということは決まっていた。
「それじゃあバルくん。早速だけど」
「はい、おジョウさん」
「あ、敬語と“おジョウさん”はもう終わりよ、婚約者さん」
「そうだったね、ジョウ」
ジョウが咳払いする。
「うふふ。で、早速だけど。よくもやってくれたわね! よくやったわ! でもネタバラシはしてもらうわよ?」
「褒めてるのか怒ってるのか」
「褒めてるけど負けたのは悔しいの」
ジョウは負けず嫌いであった。
幼いころから剣の道に生きてきたジョウは、今さらその道を失うことを望まなかったのである。
そのため、家督を弟、ケンに継承させることには同意しても、母のように家庭に入り内向きの仕事に専念することも望まなかったのだ。
母が不幸であると言っているわけではない。だが、母は剣士ではなかった点でジョウとは状況が違うのだ。
ただジョウ自身の嗜好といえる、しかしその根底は育った環境によるものである。
バルディとの結婚が有力な選択肢になった一因はここにある。
さて話がそれた。
「正面からやっても勝てたと思うのだけど」
「十割勝てるとは思わなかったから」
初手奇襲はバルディが格上に対する時によく使う手である。
相手の思惑を外すことで調子を崩せば後が有利になる。
だが今回、バルディは条件が同等になった後もジョウを正面から押し切って見せた。
これは同じ日に他の候補者との激戦を行った後にである。
能力を隠したり、概念斬りによる奇襲をしたりという搦め手を使わずともバルディはジョウに勝てたのではないか。
そういう問いに、バルディは確実ではなかったからだと答えた。
「仮に十に一つ負ける可能性があるとして、それを最初に引けば負けは負け。少しでも勝ち目を増やしたかった。実際に真正直にやっていたら、十に七つ勝てるかどうかだったろう」
「それは距離斬りの修得に時間を振り分けたからでしょう?」
「昼の修練の時間に限りがあったから」
夢の修練場で得られるスキルを再現するのは、コツをつかめば難しくないが、基礎鍛錬はやはり時間に比例する。
これを踏まえて考えたところ、バルディはジョウに確実に勝てると自身を持って言えるまでに至らないと判断したのだ。
だから小細工と思われようが、ジョウに対して実力を隠し、少しでも勝率を上げるための方策を取った。
「そしてそういう小賢しいことよりも目を引く技を最初に持ってきて注意を引いて、皆の納得を引き出しやすくしたんだ」
「やだ小賢しい」
といいつつも、ジョウは嬉しそうだった。
バルディが必要と考えて実行し、うまくいったのだから。
「ところで、あの概念斬り。あたしにも教えてくれるわよね?」
「自分で覚えて」
「やだ生意気」
ジョウは燃え上がった。
結果、試合とは違い、バルディは押されっぱなしだった。