剣初心者うさみ 117
「やったね、バルくん!」
試合後、バルディがおジョウさんを助け起すと、その勢いでおジョウさんがバルディに抱き着き、バルディは平衡を失いそうになったが、ぐるりと回転して勢いを逃がしつつおジョウさんを抱き留めた。
「こら、気持ちはわかるが人前であまりいちゃつくな」
ハン師範が二人を窘めたので、二人は身を離した。
そして周囲を見ると、まずミーナがにっこり微笑んでいた。おジョウさんと張り合っている時の若干圧力を感じる笑顔である。
次にうさみ。手ぬぐいを用意してくれていたようで、おジョウさんが飛んで行った。
師範代。眼鏡を外して泣いていた。「ええ話や」ってなんだろうか。厳ついくせに意外と涙もろいのかもしれない。
代官。師範代とは違い、満足そうにうなずいた。これは今後は憂いなく仕事をたたき込めるだろうという意味だろう。
シ家のご家族衆。おジョウさんがうさみを抱えて寄って行った。その際うさみと目が合った際に目配せを送られた。まあ、悪い意味ではあるまい。
そして最後、先輩方。
皆、バルディに何か言いたげな様子である。
あの初手は何だったのか、ということだろう。
祝いよりも先にそういった疑問が優先されつつも、問いが出ないというのは、皆、自負を持つ剣士であるからだろう。
「おう、お前ら、バルディの勝利を言祝いでやらんのか。それとも、今の決着に疑事でもあるか」
ハン師範が促すと、ようやく、しかし十分な祝いの言葉と拍手が送られたのだった。
「さて、バルディよ。皆気になっているようだから、教えてやれ。初手何をしたのかをな」
「はい、師範」
ひとしきり祝いが述べられ終わり、皆が落ち着き、おジョウさんがバルディの隣に、ついでにミーナがこっそり後ろについてから、師範に促され、バルディは言葉で自身の剣を語ることとなった。
実際に見てわからぬのであれば、言葉にするしかわからないだろう。
「初手はおジョウさんの剣を打ち払うことを狙い、距離を斬りました。正確には距離ごと木剣を狙ったのですが、片方しか」
「距離を!?」
「そんなものを斬れるのか!」
「あれだけ離れていても嫌な予感がしたのはそういうことだったのね」
距離を斬る。
言葉にすると無茶苦茶なことである。
しかし、剣は斬りたいものを斬ることができる、それが極意であるならば。
距離も斬ることができてしかるべき。
このたびのバルディの隠し種であり、その成果は半ば成功といったところだった。
「概念斬りと一距両疾流では呼んでいる秘奥の一つだ。物質ではないものを斬る。今回の場合は距離だな。斬れば短くなるだろう。短くなれば届くのも道理。万全な形ではなかったが、地力でその歳で至ったのであれば十分な成果だ」
「ありがとうございます。おジョウさんに外されたことと、木剣の方が耐えられなかったこと、そして技そのものに溜めを要することが未熟でした」
「わかっているならいい。今後も励め」
「はい!」
ハン師範に褒められ、隣のおジョウさんが肘で突っついてきたので腕を絡ませて動きを封じた。
木剣で成功させることがまず難しい技だった。高品質の剣、できれば魔法の剣などを使いたいところだが、今回は木剣試合だったのでやむを得なかった。
あの一撃は、距離と、木剣二本を斬ることを狙っていたのだが、一本を砕くに止まった。正面から放ったのは察知するに十分だったのだろう。
さすがはおジョウさんという気持ちと、自身の未熟を嘆く気持ちが両方あった。
「概念斬りに至った者は多くはない。距離を斬ったのを見たのも随分と久方ぶりだ。ここにいる者ならば、至る可能性があるとみている。無論こういった技だけでなく戦いの駆け引きも重要だ。皆も励めよ」
「はい!」
ハン師範が締めると、皆がまじめな顔で声を揃えて応える。
おジョウさんの腕を止めたら後ろのミーナがつついてきた。なかなかにはしゃいでいるようだ。
「さて、それでは祝いだ! 宴の準備を! それと、ガン屋に使いを! 明日挨拶に行くとな!」