剣初心者うさみ 116
開始の合図の前に、バルディは左剣を前に、右剣を後ろに、全身を使って右の剣を引き絞るように構えを取っっていた。
初手から何か大技を仕掛けようとしていることが丸わかりの構えである。
しかし、開始位置は一挙動で踏み込むには無理がある距離である。
お互いの得物が木剣である以上、射程と速度に決定的な差はないはず。
にもかかわらず、このような行動に出たバルディに注目が集まった。
これに対し、おジョウさんはこれを見て両方の剣を斜めに交差させて前に出すよう構えていた。
何をする気かわからないが受けて立とうという、守りの構えである。
「はじめ!」
ハン師範の合図と同時、バルディは距離があるにもかかわらず、踏み込みながら全身を使って右の剣を薙ぐ。
その瞬間、木剣が打ち合わされる音が道場に響き、おジョウさんが弾かれるように斜め右後方へと下がった。
「くっ」
おジョウさんが体勢を崩しつつも、刀身部分が失われた左手に持っていた木剣だったものをバルディに投げつけた。
バルディは開始位置からの全力攻撃で追撃が一歩出遅れたところに投擲された元木剣に、自分も右手の柄だけになった元木剣を投げつけて迎撃する。
こうしてお互いの剣が一本ずつになったところで改めて二人はにらみ合った。
「バルディめ、至ったか。この短期間で」
「い、今のは!?」
ハン師範のつぶやきは門下生の声でかき消された。
何が起きたのかわからない。
思わず声を上げたのは一人だったが、多くのものは同じ思いを抱いていただろう。
ハン師範と、師範代、そしてバルディ自身を除いて、バルディが何をしたのかわかっていない。
ただ、間合いの外でバルディが剣を振ったと思うと、おジョウさんの手元で打ち合った音が聞こえ、おジョウさんが下がり、両者の木剣が一本ずつ使用不能になったのだ。
間合いの外からの攻撃だと、斬撃を飛ばすスキルの可能性が有力であるが、そうだとするとバルディの木剣まで破損したことがおかしい。
木剣を打ち合った音がしたことも。
バルディが誰も目で追えない勢いで接近して斬りつけ、同じ速度で始めの位置に戻ったというのも、直後のバルディの体勢から違うだろうと考えられる。
「一距両疾とは、行きませんね」
「怖い技を覚えちゃって!」
おジョウさんが開始時よりも離れてしまった距離を詰めにくる。
先ほどの攻撃の正体はともかく、距離を離しているのは不利との判断だろう。
バルディもまたこれを受けて立った。
両者とも、剣を二本あるいはそれ以上使う戦法を得手とするところ、一本で打ち合わなければならない状況。
それでも、両者はともによく戦った。
差があったとすると、バルディの方が剣一本で打ち合う可能性をより意識して試合に臨んでいたことだろう。
試合は徐々にバルディが押しはじめ、致命的になる前におジョウさんが賭けに出たことで決着がついた。
「そこまで! バルディの勝利!」
おジョウさんの攻撃に意識を全振りした攻めを正面から受けきったバルディの反撃が決まり、試合終了が宣言されたのだった。