剣初心者うさみ 114
「ありがとうございました」
「負けたよ。一距両疾流は安泰だな」
バルディは突き付けていた剣を下げ、青年と握手し、そのまま引き起こした。
彼はおジョウさんに求婚した男である。
弟のケンの誕生で道場の後継の座から降りたおジョウさんをぜひ嫁にと求めてきた、三十近い年齢の男だ。
他流派だが、剣の町の流派ではなく、本人の出身も別の場所である。
武者修行として剣の街を訪れ、その活動の中でおジョウさんに惚れたらしい。
しかし、いずれ故郷へ戻る身であり、道場の跡継ぎであるおジョウさんを嫁にして連れていくわけにもいかなかった。
しかし、おジョウさんに弟が生まれたことで状況が変わった。
別に後継者がいるならば連れ帰ってもよかろうと、そういうわけだ。
道場側の利益としては他の地方に一距両疾流を広めることもできる。
そういう建前を用意して求婚してきたのだ。
しかし、彼を含め、おジョウさんに求婚してきた者に対しておジョウさんは、求婚者たちの中で一番強い相手に求婚する権利を与える、と回答した。
そしてこの一か月の間に、一距両疾流と中立の立場としてヤッテ家の仕切りで求婚権を賭けた総勢十名の戦いが繰り広げられたのである。
中には卑怯な真似をする輩もいたが、そういったものは論外として外された。結婚相手として見るにあたりそういった性格のものはこの間ないし外聞も悪いとしてだ。手段を択ばないことは時には美点になるとしても、この場合はよろしくなかった。
そして他流派たちの中で勝ち残った者とバルディが試合を行ったのである。
結果は激闘の末バルディの勝利。中天にあった太陽が、空を紅く染めるまでの長時間の戦いだった。
あらゆる技も手管も出し尽くした末の敗北に、相手は悔しそうな中にもどこか満足げであった。
他の求婚者も、この試合の勝敗に異論があれば、改めてバルディを試すことを許すということになっていたが、既に負けていること、激闘を目のあたりにしたこと、なによりおジョウさんが満足そうに笑みをこぼしていたことで、若造だがこれならば認めるのもやぶさかではないという流れとなった。
そして、ヤッテ家も含め、求婚剣術大会の関係者が帰ったのち。
身内に向けての戦いの幕が開くことになる。
「バルくん、心配はしてなかったわよ」
「なんの。本番はこれからですからね」
自分より強い相手を婿にするという宣言をしているおジョウさんに対する求婚は、つまり剣で負かす必要があるということである。
そして今おジョウさんとの試合の権利はバルディが得た。
長い戦いの後ではあるが、食事も挟み、すでに体調も回復している。もはや待ったはない。
いや、一か月待ったのだ。待ったは十分だ、というべきか。
「特訓の途中で勢いが落ちた時は、小賢しいことを考えてるのかなって思っちゃったけど」
「小賢しいことは考えていますよ。ただ、認めてもらえなければいけませんから」
特訓中に、バルディの成長が鈍り、おジョウさん、バルディ、ミーナの戦力比が変わらなくなった。
修練に使う時間を考えれば、おジョウさんとバルディはミーナよりもはるかに成長速度が速くなければならないし、バルディはおジョウさんの二倍成長してしかるべきである。
もちろんことはそれほど単純ではなく、極めれば極めるほど一歩が重くなるために後から追う者の速度の方が早くなる場合も多い。しかしそれを考えればますますバルディが成長しなければならないはずだった。
それでも、三人の戦力比は変わらなかった。
地力ではおジョウさんの方が上、ということが動かなければ、奇策の類に頼らなければバルディは勝てないだろう。
だがそういったやり口がおジョウさんの婿にふさわしいかといえばまた別だ。
そういうあれこれを踏まえた上で。
バルディはおジョウさんが限界を見抜けないよう修練に励んだ。
具体的な手段の一つとしては、自身の能力を下げる魔法を使うことだ。
成長に合わせ魔法の強度も上げることで、実力を低く見せることもできる。
修練にかかる負荷の向上と合わせて一挙両得だ。
バルディの不振の原因の一つはそういうことだった。
そして先ほどの試合の激闘で、バルディにまだ余裕があり、底を見せていないということを、おジョウさんは看破しただろう。
相手の全力を引き出してから倒す。奇策やイカサマなどを使えば異論が出るところ、それを許さない正面突破。
しかし特訓中におジョウさんがバルディに教え、求めた手管はもっと幅広い。
それらを見せずに勝って見せたことで、おジョウさんは満足したのだろう。
自身に挑むにふさわしいと。
「さあ、あたしを倒して嫁にしてみせろぉ!」