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使い魔?うさみのご主人様 41

 別れはあっさりとしたものだった。


「じゃあいくね。ばいばい」


 うさみはそう言って崖から飛び降りた。


 山岳行軍という集中講義の実技演習を受講した際のことであった。

 メルエールは大声で自分の使い魔が落ちたことを喧伝し、周囲の友人と教師、それから護衛に知らせた。

 落ちていくところを目撃した者もおり、落下事故の発生はすぐに広まった。

 崖は深く、底は川になっていた。

 急流だ。

 落ちれば助かる見込みはない。そんな場所だった。


 それでも、探しましょうと言ってくれた、リリマリィをはじめとする友人たちに対し若干の罪悪感を覚えたが、メルエールは予定通りに使い魔の感覚共有と意思疎通の効果が切れたことを申告した。

 それで捜索は打ち切られた。

 演習が終わり、メルエールは使い魔を失ったがそれ以外は無難にこなした他、周りと比べて体力があったため他の受講者を手助けしたりしていたため、差し引きして合格の良評価をもらった。



 寮へ戻ってきた日の夜。

 メルエールは窓を開けて空を見上げていた。

 その日はちょうど満月で、いつもより星の数が少なく見えた。


「あの高さから落ちて本当に大丈夫だったのかしらあの子」


 本人は大丈夫大丈夫いけるいけると言っていたが、メルエールには絶対無理。

 高いところはわりと平気なメルエールでも、下をのぞくと、ヒュッとする高さだった。

 寮の二階とはわけが違う。


 とはいえ、もうお別れしたのだ。連絡もできないし、生きていてもいなくても。

 考えても仕方ないか。

 メルエールは頭を振って、いやな考えを振り払う。

 どっちでも同じならいいほうに取った方が気分がマシである。


 室内を振り返る。

 月明かりが部屋に差し込み、人間であるメルエールの目でも、それなりにも見通せる。

 寝台には新しい抱き枕。

 机の上には冊子が置かれている。

 あのマズい緑汁と魔力回復の丸薬の作り方と、同じ効果で手間と費用がかかるが飲みやすい緑汁と魔力回復の丸薬の作り方。

 さらに、これらに使うある薬草の育て方――魔術王国サモンサでは栽培法が確立していないもの――が書かれていた。

 あと、失敗してもおこんないでねとも。


「目に付くのはあの子の残滓ばっかりか」


 なんとも情けない、とメルエールは思った。

 どれだけ頼っていたのか思い知らされる。

 これからは一人でやっていかないといけないのに。

 それではいけない。


 よし、と気合を入れて、メルエールはこの先のことを考えた。


 まずは使い魔を召喚しなければならない。

 申請して最速で来週くらいだろうか。

 それから早いうちにお姫様に会って指輪を返さなくてはならないだろう。

 うさみが、エルフの知識が使えなければきっとお姫様は興味を失うに違いない。

 そのあとはまあ臨機応変に。

 隠さなければならないことがなければまあ、なるようになるだろう。


 やることはきまった。臨機応変である。


 メルエールは気分を良くしてさあ休もうと寝台へ足を向けた。

 そこでふと思い出す。

 使用人部屋どうなってたっけ。

 もしかしたら始末が必要かもしれない。

 確認しておこう。


 そうして明かりの魔術を使い、適度に部屋を明るくしてから使用人部屋へ向かい、戸を開いた。


「あ」

「え?」


 うさみがいた。


 いたというかなんか黒いもにょもにょした大きなまるっぽい変なものから上半身だけ出して、使用人室の寝台へ手を伸ばしていた。


「ひぃ、おばけ!?」

「え、おばけ? どこ!?」


 足がないのである。正確にはもにょもにょした何かになっているのである。

 おばけだ。


「やっぱり死んじゃって化けて出たのねこのエルフ!」


 メルエールがびしっと指を突き付ける。

 するとおばけうさみは指さした方向、つまりうさみの後ろを見た。もちろんなにもない。あえていうなら壁くらい。

 そしてきょろきょろした後自分を見る。

 主に下半身。

 もにょもにょ。


「あ、わたしのこと? 違うよ、タオルケット忘れたから取りに来ただけ。じゃあね!」


 もにょもにょうさみは寝台に置いてあった布をひったくるともにょもにょの中に消えた。

 メルエールが慌てて駆け寄ると、もにょもにょは消滅し、普段通りの何もない部屋にもどっていた。


 もにょもにょがあった場所で手を振り回していたメルエールはしばらくして動きを止める。


「ぷっ」


 そしていきなりふきだした。

 さらにくすくすあはははははと三段笑い。

 うさみがいたら、夜中に騒ぐとめーわくだよーと気の抜けた声でからかっていたことだろう。

 しかしメルエールはこみあげてきた衝動に逆らわず、ひとしきり笑い続けたのだった。





 その後、メルエールは結局使い魔を召喚しなかった。

 病弱だった弟はメルエールが帰郷した長期休みを境に徐々に回復し、無事に男爵後継者としての立場を固めた。

 メルエールは弟の復学に合わせて退学し、元住んでいた村を捨扶持として与えられ、母と一緒に暮らせるようになった。

 かわいい使い魔愛好会はかっこいい使い魔至高会と使い魔戦闘遊戯応援委員会と学院内の覇を競ったが、掛け持ちする者も多かった。

 リリマリィ西華男爵令嬢は黒森子爵家に嫁入りした。

 フランクラン姫は五年後に反乱を起こして鎮圧された。

 魔術王国サモンサは十三年後に滅びた。


 あと、無事うさみは死んだ。















 こうして特にやまもおちもなく、うさみとメルエールの一生がちょっとだけ重なったお話は終わった。

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