剣初心者うさみ 104
「バルくんは、新しいことをするより、今できることの組み合わせで切り抜けるほうが得意みたいね」
一角鎧獣が力尽き、初めの部屋に戻っても検討は続いた。
そのなかで、おジョウさんからこぼれた言葉に、バルディは衝撃を受けた。
今まで言われてきた、道場の剣士は新しい道を切り開くためにいるという考え方からすると、逆向きだと思えたからだ。
「向いてませんか」
「ん? あ、違う違う、そうじゃないの」
状況によっては師範となる可能性もある立場になるにあたり、向きが逆というのは悪い材料だ。
つまりおジョウさんの婿としてはふさわしくないということになる。
が、おジョウさんはそれを否定した。
「いろいろ工夫して実際にカタチにすることができるのはいいことだわ。死にかけたのは失敗だったけれど、ここはそれが許される場所なのだから、利用すればいいの。今までのバルディくんはあたしに教わっている段階なんだから、それでいいのよ」
「これからは、ということで?」
「そう。ここは、痛いししんどいし死ぬけれど、失敗できる場所だから。バルくんは大きく育ったのに器用だし、できる範囲でやってみればできちゃうことが多いのよね。でも、試してみることの幅を広げてみてもいいのじゃないかしら。もう少し、遠くまで手を伸ばす、というか」
つまり、できると自信があることのみを手段として行動を組み立てるのではなく、できるかもしれない、失敗するかもしれないことも組み込んで失敗しながら可能性を広げていけと、そういう話だった。
例えば一角鎧獣戦であれば、先ほどは角をつかんで首に乗ってから攻撃をしたが、自信がなかったために選択肢から外した行動があった。
すれ違いざまに直接目を突くことだ。
大型の四足獣の突撃への恐怖、かすめただけで体を持って行かれるであろう質量が迫りくる。その重圧の中で一瞬の機を逃さず攻撃を成功させなければならない。
人によってはバルディがやったことの方が難しいと思うかもしれないが、あの時はそちらの方がやりやすいと考えたのだ。
初動が後退で観察の時間を多くとれるし、跳んだり跳ねたりは山の中を走る修練で得意になった。一度死にかけたので必死で身に着けたのだ。
だが、剣士としてより理想的なのは選択肢から外したほうだろう。
剣士単独であれば好き勝手に動いてもいいが、仲間や護るべき相手がいることもあるだろう。
時間を見ても短時間で終わる方がよい。
そして実際に攻撃後に失敗して怪我をしたこともある。
できるかもしれない、できないかもしれないことをできるようになる。それが修練であり、成長だ。
今、この恐ろしいほど恵まれた環境にいることを、利用しつくすべきか。
「無理をしろってことじゃないからね。こうしたいけど無理そうだから次善の手を選ぶという判断は正しいから。でも、やりたかったことに何が足りないのかを見つけてそこを補う方法を見つけること。あるいは、もっとうまくやる方法がないかを探すこと。経年をたくさん積んで、できることと発想力を鍛えれば。より多くの手段を選べるようになれば。バルくんはもっと伸びると思うの」
おジョウさんが期待のこもった目でバルディを見る。
過大な評価を受けているのではないかと思うこともままあるが、しかし応えたいとも思うのだ。
バルディは頷いた。
「やります」
「よし。それじゃあ、次はちょっと思いついたことがあるから」
嬉しそうに笑ってジョウさんが言った。
こういう時は大体、一角鎧獣はマシな方と思わせる目にあうのだ。バルディは思わずぶるりと身を震わせた。武者震いだろう。
そして全体から見れば、実際に一角鎧獣などマシな方なのだから、挑む以外の選択肢はないのである。