剣初心者うさみ 103
話が前後するが、魔法を覚えたことと使いこなせることは別の問題である。
剣術大会を見る限り、魔法は鍛えれば剣士同士の戦いの中で扱えるほど速くなるらしいことはわかっているが、バルディにはそれほどの練度はない。
それはおジョウさんもであり、落ち着いた場所で時間をかけなければならなかった。
おそらくは剣に対する踏み込みだとかにあたるスキルが存在するのだろう。魔法の行使を安定させ、必要時間を早めるような。
さて、そうして得た本命の【思い出す魔法】。
自身の記憶を、経験した瞬間のように明確に思い出すことができるという一見便利な魔法である。
これも使用するには準備が必要だが、状況として問題にはならないだろう。
戦いの中などの忙しい時に使うことはないだろうからだ。
頼り過ぎると馬鹿になる、とおジョウさんにおどかされているのもある。
自力で思い出す力が失われるのだという。
他にも、記憶に耽溺しすぎて目の前のことや先のことを見落としやすくなるとも。
当たり前だがそれはよろしくない。
また、使い方にも癖がある。
いつどこで何に関する事柄か、まで認識していなければならないのだ。
例えるならば書庫にある特定の本の中身を思い出す魔法であり、そのために書名と書庫のどこにあるかを覚えておかなければならないのだ。
この棚のこの位置にあるこの背表紙の本と、そこまでは覚えておく必要がある。
なので、あれ、今何考えてたっけ、という場合などには役に立たない。時と場所は覚えていても何に関する事柄であるかがわからないからだ。
そのため、覚える時にも工夫が必要だ。
意識してこれこのときこのことを覚える、と記憶に刻み付けることで、指定しやすくするのだ。名前を付けるとなおよいらしい
ただ、副産物として、こうやって覚えようとすると、大まかなことは忘れにくくなるので、魔法に頼る必要がなくなるという本末転倒に思える事態が発生するのだが。
この度のように、一度身に着けたスキルを改めて取得しようというならば。
より詳細に明確に指先の感覚まで思い出したいのならば有効と思われる。
そんな状況がどれだけあるか、それこそ夢の修練場を利用しない限りまずないことだろうけれど、その希少な恩恵を受けている以上は機会を逃す理由はない。
ひとまずある程度身に着けた後、仮に現実でうまく再現できなくとも、改めておジョウさんに伝授してもらうこともできる。
なのでこの魔法そのものよりも、思い出すための剣に関する経験を積むことに注力できる。
バルディは寄り道ではあったが、有益に転ずるものだったと安心できたのだった。